41.その刀身は揺らめく焔の如く
俺が周りを見回したのは、確認に見えたらしい。眼があった全員が頷いた。
気のせいか、と結論して、鞘の内側に擦りつけないように一気に抜く。
刀身が現れた、長さ70センチ、反りは2センチほど、打ち刀に分類される刀だ。
刀全体を傾ける。刃文、即ち焼刃の形状、もっとわかりやすく言うなら、白と黒の境界部分を見せるためだ。
一見、まっすぐ走っているそれは、よくよく見れば、細かい波、炎の揺らめきのような文様が入ってることが分かる。小乱れ刃、直刃の一種とされるそれは、眼を引きつける。
誰も、息を漏らさなかった。鼻息すら止めている。クプファさんの手が、夢遊病のように刀身へ伸ばされる。
…いけない。俺はすぐに刀身を鞘に収めた。再び鳴った鯉口に、誰もがはっと我に返った。
「………とんでもないもの見せてくれたね」
最初に口火を切ったのはアーテナイ、執務机に戻るのも億劫と、椅子の後ろに座り込んでしまった。
「…そうね。驚いたわ」
「…ああ、俺もだ」
「ん?なんで、あんたらまで驚いてるんだい?」
「刃文が増えてるだよ、何故か、な」
元々、『姫桜』にあんな細かい刃文は入って無かった。どこまでも真っ直ぐな直刃だった。なのに、今は見たとおりだ。
「異世界に来た影響かしら?」
「魔力による焼き入れ直しってか?」
だが、俺もナデシコも別の刀を呼んだとは思わなかった。不思議とこれは『姫桜』だと確信をもっていた。
「……今の状態、鞘に入った状態では、何の魔力も感じません。しかし、先ほどの刀身からはなにか魔力に近く、しかし、そうでないものを感じましたね…」
シェーヌはそう言うと顎に手を当て、思索に戻ってしまった。
「…ガハハ!参った!」
クプファさん、ドワーフの工房長は、笑った。
「うむ、その剣、いや、『姫桜』には、我らドワーフの鍛造の先が、いや途中で見落とした技術、技が使われとる…のかもしれん。……全く、分からん!こんなことは初めてだ!」
大口を開け、豪快に。でも、なぜだろう、その笑いは悔しそうに聞こえたのだ。
「認めよう、この『ドワーフにも作れぬ』逸品を。そして、お主らが異世界よりの客人であると!」
こうして俺達は、晴れて異世界人認定されたのだった。
字面が酷い。まるで頭がおかしい人みたいな文字列だ。
「……それで、私達に頼み、でしたか?」
「うむ、元々アーテナイ様に声を掛けて頂いた時点でなんでも協力するつもりではあったがな!」
思索から帰ってきたシェーヌと、胸を叩いたクプファさんは椅子に座り直した。
アーテナイは再び、俺達の隣に座っている。
「俺達の願い、目的は一つ。俺達の世界へ帰ることだ。そのために、少しでも手掛かりが欲しい、んだが……」
「……二人の反応を見る限り、その望みは薄そうね」
そう、俺達を信じ切れなかったクプファさん、俺達に逢うまで魔力のない世界を知らなかったシェーヌ、そのどちらからも有力な手掛かりは掴めそうにない。
「噂話でもいいんだ。なにかないかい?」
アーテナイも横から助け船。二人は、しばらく考えたあと、クプファさんは口を開いた。
「……ワシも、聞いた時は笑い飛ばした話なんだが……。お主らの『姫桜』を見て、思い出した話がある」
俺の膝の上の『姫桜』を見ながら、話を続けた。
「お主ら、『ダンジョン』を知っておるか?」
ドワーフの工房長から出た単語は、あまりにも異世界じみていた。
魔物は、現象に近い存在。これはアレクさんに聞いた話だった。
出現場所は、人の眼の届かない闇、動物の死体があった場所など様々。
出現の法則は未発見、故に各都市は定期的に街道の魔物を掃討する。街道警備隊がまさにそれだ。
そして、魔物の出現地帯の自然物、あるいは魔物からの素材と魔石、その調達を生業にするのが、冒険者。
話を『ダンジョン』へ戻そう。
それは場所自体が魔物となり、『ダンジョン』の核、『ダンジョンコア』を発見し、壊さなければ魔物を生み出し続ける。発生が確認されれば、すぐに討伐隊が編成され、潰しにかかるらしい。
だが、倒しきれぬ『ダンジョン』が一カ所だけある。
その名は、廃都『クザン』、再生する『ダンジョンコア』が生まれた悲劇の都市。
その奥地で、ある冒険者のドワーフが見たらしい。
曰く、まるで『別世界』のような場所と『ドワーフでも作れない』ような見事な宝剣。
思わず近寄ろうとしたら、魔物が集まって来て慌てて逃げたらしい。
同じ場所を日を改めて確かめたら、何もなかったそうだ。
「ホラ話、と思っていたんだがな…。現に、そのドワーフの名前もわからない。又聞きの又聞きだ」
「そうですね。私も聞いたとしても、わざわざアーテナイ様にご報告しないでしょう」
そう、あまりにも、細い糸だが、
「ハッ…!無いよりマシだ!」
「ダンジョンね…!面白くなって来たじゃない…!」
だったら力ずくで手繰り寄せる。それが俺達だ。




