40.高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 たたずもあらなむ
その反応は劇的だった。
机を叩きクプファさんは立ち上がった。だが、すぐにハッとしたように手を机からどける。
アーテナイは、眉を寄せたのみ。見守る構えなのだろう。
「……ナデシコ、分かってて言ったのだな。その言葉を聞けば、ワシらドワーフは最大限の疑いを持って品物を見ねばならん。どんな精巧な品でもだ」
先ほどまでの親しみを含んだ視線ではない。厳しい目だ。
「いいえ、工房長。あなたに見せるのはシンプルな武器よ」
ナデシコはその視線を受け止め、眼の前で紅茶さえ啜った。
「武器だと!…工房長と呼んだ上で、ドワーフでも作れぬ武器だと!……よかろう。その喧嘩買った」
拳を握りしめたドワーフの工房長は、冷静に拳を解き。椅子に深く座り直した。
その様子にナデシコは、にこりと行儀良く笑った。
「じゃ、後はよろしくヤマト」
突然のキラーパス。
先ほどのアーテナイもそうだが、女性陣の間で身内への不意打ちが流行っているのだろうか。
しかし、先ほどのナデシコの言葉、『ドワーフでも作れない』『シンプルな武器』これに当てはまりそうな、『異世界』の物。そして、俺に振った意味。
「任せろ。……アーテナイ、シェーヌでもいい、人数分の紙をくれるか?」
パスは通った。後は、決めるだけだ。
「ああ、いいよ。待ってな、この辺の紙でいっか…」
「その書類は止めてください…!私が用意しますから…!」
なぜか一番追い詰められているシェーヌ。間もなく、全員の前に白紙が置かれた。
『取り寄せバックパック』を膝の上に置き、手を入れる。思い浮かべば、それはしっかりと手の中に収まった。
「……『無銘』」
………あれ?出て来ない?正式名称だし、これで役場にも登録されてるはずなんだが、何度か引っ張るが、拒否されるように出てこない。周囲の視線が痛い。
「駄目じゃない、ヤマト。ちゃんと名前で呼んであげないと。『自分で名前をつけてる時には、その名前を言わないと出せない。』……これはヤマトの言葉よ?ほら、おじいちゃんに貰った後、二人で付けたじゃない。あの子の名前」
楽しそうにナデシコは話す。もしかして、ぽんちゃん3世のこと根に持ってます?
改めて、手の中の感触を確かめる。まるで、つい最近も手に取った様に妙に手に馴染むそれ。
名を呼べと言うならば呼ぼう。
「来い、『姫桜』」
小さな虚空から出現するのは、一振りの日本刀。
黒い鞘の光沢感は、まるで光る闇夜。
そこに控えめに施された、桜の花びらの蒔絵で作られるのは花びら舞い散る夜景。
木瓜形鍔と呼ばれる、円形の周辺をへこませた形状の鍔に彫られるのも桜。
二つの枝が絡み合い、ところどころに花を付けている。その数は七つ。
柄は糸巻、色は赤にも近い茶色、ナデシコの目の色と同じ。
今、世界を越えて俺の手の中にある。
「もう、そこは『開け!姫桜!』でしょ?」
「中学時代に二人で考えた黒歴史の開示は止めてもらっていいか?」
代行は兼してないんだわ。
この刀との出会いは、15歳の誕生日、ナデシコの爺さんに蔵に呼び出された爺さんは、いつか役に立つ。と、俺に刀を寄越した。
もちろん、そんな明らかな高額な物を受け取れる訳なく、固辞していたのだが、……あのジジイ仕舞いには駄々こね出したのだ。老い先短い老人の楽しみを奪うのか!など。鼻水流して泣き喚かれた。
ちなみに爺さんは、シニア部門のトライアスロンの上位常連。欲しい物は、孫の子供『やしゃご』と公言している。
仕方なく、分かった受け取ると言ったのが運の尽き、ナデシコもそれを聞きつけ『無銘』だったそれに、『姫桜』なんて二人で名前を付け、それにテンションが上がったジジイが拵え、白木鞘だった『姫桜』の装飾を整えた昨年。
完成時に一度、振ってみたがよく手に馴染んだのを覚えてる。
その様子はナデシコ、爺さん、時代劇大好きな婆さんの携帯端末に納められている。
俺は贈与税に怯え生きることになった。
現に、刀を贈られて以来、たまに『夢を見ずに寝て』、眼が覚めると疲れている時がある。ちょうど今朝の様に。
「う、うむ、確かに美しいが、それが武器…?」
「見事な品ですね。やはり魔力は感じませんが……」
「……そう言えば、紙は何に使うんだい?」
クプファさんとシェーヌは身を乗り出して、鞘や鍔を見ている。
アーテナイもいつの間にか、俺達の後ろに回り、刀を覗き込んでいる。
「咥えるのよ。刀身に息がかからないように、唾が付かないようにね」
「まぁ、この刀を贈ってくれた爺さんの受け売りなんだが、合わせてくれると助かる」
俺達は月に一度、『姫桜』の手入れを行っている。やり方は爺さんが教えてくれた。爺さんの蔵には他にも何本か日本刀があり、定期的に鑑賞兼手入れを行っているそうだ。
『姫桜』も普段は白木鞘で蔵に収められている。この拵えも、入学式前にナデシコ宅で写真を撮る為に久しぶりに装着されたものだった。制服と日本刀の組み合わせを写真に残したいと、ナデシコのご要望だった。本物でやる辺り、お嬢様なのだと実感する。
全員が紙を咥えたところで、俺とナデシコは、二人で柄に手を当て黙礼。
いつの間にか、どちらと言うととも無く身についていた仕草。ナデシコの手が放される。
それを合図に、俺は刃が上になるようにして、右手を柄の上から掴み、左手は鞘の下を握る。
そして、軽く鯉口を切る。その刀身は見えないものの、異世界の空気に触れた瞬間だった。
――――ようやくか。
今のは誰だったのだろう。顔を上げ、見回すも誰の口も、紙を咥えたままだった。
題の短歌の現代語訳。
遠い高い山の、頂きにある桜が美しく咲いた。人里近い山の霞よ、どうか立たずにいてほしい。どうか美しい桜を隠さないでいてほしい。
前中納言匡房。百人一首より引用させて頂きました。




