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異世界快進劇 破顔一蹴 ヤマトナデシコ ~現実帰還のためなら、異世界の一つくらい救ってやろうじゃない~  作者: 沢クリム
『赤ノ章 祝祭のラケル』 第二節 グルメバトルと過去、アーテナイの誓い

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36.己の内に抱えるこの刃

あれから、御者の人に挨拶して車体に乗り込んだ。車体の中は広く、余裕を持った3人掛けの席が対面で二つ。天井も高く中で立てるほどだ。それもそうか、と納得。なんせアーテナイが乗るのだ。小さな室内では物理的に収まりきらない。

馬車は走り出す。2階の窓から手を振るアメリアちゃんに手を振り替えし、窓から見えなくなったころ、ナデシコが口を開く。

「ねぇ、シェーヌ。一つ聞いてもいいかしら?」

「何でしょうか、答えられる事ならなんなりと」

「魔力の淀みってなに?」

ああ、そう言えば謎だった。

曰く、エルフ特有の感覚。昨日の俺たちには魔力に淀みが無く、それ故俺たちを信用したのだと。


「そうですね…。言葉の表現にもありますよね。言い淀む、と」

シェーヌは言葉を探しているようにしばし考え、語り始めた。『言い淀む』言葉が続いて出ないで口ごもったり、言いかけてためらう。俺たちが知る限り、そんなところだ。

「ためらいや、後ろ暗さ、特に悪意を持って行動している。そんな人の魔力は、私達エルフには濁って見えるのです」

「嘘とかが分かるってことか?」

「それがこちらを騙して金品の奪取や、暴力を振るおうとしている時には分かります。しかし、ちょっとびっくりさせてやろう、といった悪戯の時や、気まずいから誤魔化そうといった時は分からない」

そこでシェーヌは不意に笑みを深めた。


「アーテナイ様で例えましょう。アーテナイ様は書類仕事をよくサボります。どこに行っているかは分かりませんが、『ちょいと庭の空気を吸ってくるよ』などと言い残して屋敷から消えます。その発言に淀みはありません。それはなぜか。答えは、その数時間後には戻って残りの仕事を片付けるからです。これが、嘘を言っていても魔力が淀まない一例でしょうか」

なにやってんだ、アーテナイ。俺は呆れた表情をしていたと思う。一方ナデシコは、眼を反らし、馬車の外を見ていた。どうしたんだろ。

「ちなみに、シェーヌ。今アンタの魔力は?」

「もちろん、淀んでおりません」

文字通り、淀みのない答えだった。

なるほど、これが悪戯をした場合ってことね。


「…それから、もう一つ。こちらは今の世の中では、ほとんど見ない淀みなのですが…」

シェーヌの顔が曇る。そう言えば、似たような表情を見たことがある。そう、あの観覧席で、シェーヌが言っていたのは、

「…『何らかの記憶操作を受けている可能性、悪意を持った何かに操られているのかもしれない』。あれは、最悪の可能性やあり得ない事の例え話、じゃなくて、実際にあったこと、なのか?」

これであっているはずだ。

「……ええ、魔力や魔石を用いて、いえ悪用の果てに行われたそれは、現代では全ての国と地域で禁止され、人類の消えぬ罪の象徴。行えば、それこそ、『七天将星』の敵となります」

苦虫を噛みつぶした、いや静かな怒りさえその言葉にはあった。

「聞いても、いいのかしら…?」

恐る恐るナデシコが聞く、その様子にシェーヌはふと力を抜いた。

「そうですか、やはり知りませんか。……魔力の危うさを、正しき事に使う意義を考えることのみの為、今でもその魔法の名は残るのです」

それは安堵のようにも見えた。知らないならば、知らないままの方がいいこともある。

でも、俺たちは知らなければならないだろう。この世界で魔力を使うなら、


「『奴隷契約魔法』。……人の意思を、尊厳を侮辱するこの魔法は、様々な国で『正義』の名の下、使われました」


それは、淡々とした言葉だった、そこに怒りは無く、悲しみもない。

無感情ではない。言葉に刃を突き立て、感情と切り離したことを、眼の奥が語っていた。


「罪に対する罰に。借金の末に尊厳を売り渡すことを決めた者のために。そして、人間を資源として取引するために…!流民を、困窮にあえぐ村人を、親を亡くした…子供さえ…!」


刃が揺れた、あまりに力を込めすぎた時にその刃先がブレるように。


「他者からの望まぬ魔力の干渉を受けた者は、その魔力を淀ませます。それはエルフにとって見るに堪えないものです。故にエルフは、使っていませんでした。その大本を作ったのは、古代のエルフだというのに」


ブレた刃は、その持ち主さえ傷つけた。いや、それを持ち主はよししている。

お前は関係ないじゃないか、と言うには知らなすぎる。シェーヌの事も、昔のことも、この世界の事でさえ。


「魔力には人の心さえ歪ませる力がある。どうか、その危うさを、忘れないでください。ですが、魔力は誰かを守ることにも、人々の生活を豊かにすることにも使うことが出来るのです」


それはまさに、現実世界での刃物の例えだ。料理にも、人を傷つけることにも使えてしまう。

大切なのは、持ち手がその力に振り回されないこと。


「……本来なら、魔力を扱う際に師からうける薫陶ではありますが、お二人は自己流のようでしたので、少々語らせて頂きました。長々と失礼しました。…やれやれ、年をとると話が長くなっていけませんね」

シェーヌは苦笑する。大げさにため息をつくその仕草はどこか演技じみていて、こちらを責める意図はないと、伝えているようだった。


「いいえ、ありがとう、シェーヌ」

「そうだな。知れて良かった。いや、知らなきゃならなかった。ありがとう」


俺たちは、感謝を伝える。そのお節介で、俺たちが想像も出来ない程、永くを生きたエルフに。先人への敬意を込めて。


そうか、この世界に奴隷はもういないのか、それは良かった。

見つけたら、この幼なじみは、いや俺たちは、この手の刃を振りかざしていたかもしれない。

そして、この世界を嫌っていただろう。


それは、今となっては出来るだけ避けたいことだ。

この世界には、もう、好きな人が多すぎる。

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