33.最初の夜の終わり
「まあ、アイツらのことを語ると一晩じゃ足らないからねぇ。……長居するのも迷惑だろう。今晩はこの辺で帰るとするかね。スープ、ご馳走さま、旨かったよ、シャーロットさん」
片付けも終わった頃、アーテナイは食卓を立って、礼を言った。
「もう、その呼び方で固定なんですね…。こちらこそ、ごちそうさまでした、アーテナイ様」
もはや諦めの境地、シャーロットさんは、丁寧な礼を返す。
「アーテナイ様御用達って看板に書こうかな。冗談だよシャーロット。…色々とありがとうごさいました。またいらしてください、アーテナイ様」
シャーロットさんに眼で咎められたカレブさんはにこやかだ。いいのだろうか、またいらしてください、の辺りでアーテナイがニヤリと笑った気がしたのだが。
「おやすみなさーい、アーテナイさま」
アメリアちゃんは、シャーロットさんを手本に礼、これにはアーテナイの頬もほころぶ。
「ハハッ、アメリアはいい子だねぇ。…よし、いざとなったらこう言いな『アタシのバックにはアーテナイが居る』ってな!」
「うん!」
街の最高権力者を背景に、アメリアちゃんはこれから何をなすのだろう。元気な返事にアーテナイは満足げだ。
「「お願い、やめて」」
反対にその両親は青い顔をしていた。賑やかな別れだった。
「じゃ、アンタらは明日の朝迎えにくるよ。迎えは…シェーヌでいっか」
「ああ、おやすみアーテナイ」
「ええ、また明日ね、アーテナイ」
「いい夢見なよ、ヤマトもナデシコも」
二階の窓から飛び降り、通りを駆けていく、大きな背中はあっという間に見えなくなった。いや、あっさりと流したが、なにを窓から帰ってんだあの人。しかも、飛び出した後、こっちを振り向いて窓を閉めていったぞ。
「スムーズな空中歩行と全身のバネを使った着地、NBAはあの2mの巨人をスカウトすべきね」
「……かもな」
謎伏線の回収をして、夜は更けていった。
俺たちが案内されたのは、二つのベットが置かれた一部屋だった。
ここ、都市ラケルでは年数度、鉱山である地竜背びれからの吹き下ろしの寒波が来るそうだ。
鉱員も休職になるこの寒波の間、アレクさんの店では裁縫が出来る者を雇い、次の年の作業服の縫合を行う。一日作業の際、予想より雪足が強くなる日がある為、泊まれるように客室があるそうだ。
実はアレクさんは、昼間にこの部屋の掃除をしてくれていたらしい。一方その頃俺たちはアーテナイと殴り合っていた、掃除中のアレクさんは想像もしなかっただろう。明日改めてお礼を言わなくてはならない。
アメリアちゃんは部屋の中のベッドや小物の解説をしてくれた。明かりの点灯消灯から質問する俺たちに、講師のアメリアちゃんはすっかり得意げだった。水差しや小物を入れられる戸棚もあり、少々狭いが本当に宿泊の為のホテルのようだった。
その小さなホテルウーマン、アメリアちゃんが、うとうとし始めた辺りで、両親の元に送り届け、小声で挨拶を交わし、元の部屋へ戻る。『取り寄せバックパック』から、寝間着を取り出した俺たちは背中合わせに着替えた。お泊まり会などで何度もやった10年来の行為になのに、今日は妙に心臓が高鳴った。
しかし、寝間着を見るとカレブさんの質問攻めの時の顔が浮かぶ。明日は見られる前に着替えよう。少しだけ冷静になれた。
それぞれのベッドに横たわる、いつもより早い就寝時間のはずだが、意識は微睡む。
「……大変な一日だったわね」
「そうだな…」
朝の待ち合わせから始まり、熊に、異世界人に、トカゲに、ドワーフに、猫に、エルフ、トドメは生ける伝説。詰め込みすぎだ。高級おせちじゃなねぇんだぞ。
「…明日はもーと楽しくなるよね、ヤマト」
「勘弁してくれなのだ、ナデシコ…」
小さな動物の飼育している小学生女子のような、無邪気なことを言わないでほしい。これ以上ってなにが待ち受けてるって言うんだ。
「…きっと、今日をずっと忘れないわ」
「そうだな…」
忙しい日だった、多くの出会いがあった。アメリアちゃん一家に、『双杖』の二人、アーテナイ、誰をとっても忘れられるキャラじゃない。
「…っていうか、忘れたら許さないから」
「忘れないよ、ナデシコ…」
咎めるような声、流石に察せない俺じゃない。
「…記念日にするか?」
「ばーか……明日眼が覚めた時、居なかったら、絶対ゆるさないから……」
拗ねたような声だった。その声に隠しきれない怯えもあった。
「ナデシコ、手を繋ごう。…そうすれば、きっと、大丈夫だ」
「…そこは、こっちにくるか?……くらいの甲斐性みせてなさいよ……」
眠たげな声なのになんて事を言うんだナデシコさん。
「駄目だね。ただでさえ、長年の我慢が一つ外れたんだ。…もっと大事にさせろ」
「……過保護ね、それとも意気地がないのかしら……仕方ないから……手、寄越しなさい」
俺はナデシコのベッドへ手を伸ばす、ベッドの谷間一つ分を越え、簡単に届いたそれは、暖かなナデシコの両手に包まれた。自然と向かい合う形になった。
「………おやすみなさい…ヤマト」
「…おやすみ、ナデシコ」
ナデシコの眼は閉じられた。穏やかな寝息が聞こえる。その音の規則性が、俺の瞼を下ろしていき、やがて意識は夢へと落ちた。




