03.その鞄の中には
「…さあ!気を取り直して現状の確認よ!」
落ち着いてからの気まずい沈黙を裂くように、ナデシコは声を上げる。左手を腰に当て、右手でガッツポーズ。とても、先ほどまで震えていた女の子には見えない。
「ああ、そうだな。場所は…正直、俺に心当たりはない。それに、言葉にしづらいが、空気がなにか変な感じだよな?」
「私もよ。子供の頃に海外に連れて行ってもらったことはあるけど、どこにも当てははまらないわ。空気感も…慣れれば、息苦しい感じではないわね」
ナデシコは見た目通り代々の名家である。家業は詳しくは聞いて居ない。持ち家は一等地に庭どころか、蔵まで建っている。平日はお手伝いさんが通い、季節ごとに庭園業者が出入りする。かくれんぼどころか、侵入者撃退サバゲーごっこまでやったことがある。めちゃめちゃ怒られた。
ちなみに、我が家は道を挟んだ一軒家。共働きの一般家庭である。
隣同士なのに、遊びに行くときは待ち合わせがほとんどなのは、ナデシコの趣味である。
「ともかく分からないなら、現状分析だな。森の中の林道なのは間違いないが…道には車輪のあと、轍があるな」
「この轍も車のじゃない…片側1車線で、見たことないけど馬車?でもその割には、蹄の後はないわね。なにかしら?この足跡……。道の脇には人の足跡、靴底は…革靴?」
その後も、道の脇の植物を調べたり、木を見上げ、謎の野鳥を観測した。藪の中に入る勇気はなかったので、現在地で調べられることは終わったといっていいだろう。結論としては、
「「なるほど、分からん」」
既存の知識は役に立たない。日本かどうかも怪しい。
いや、一つだけ、突拍子もない、それでいて今の状況に合致する単語がある。
そして、その可能性を思い至ったのは俺だけではないようで、
「よし、いちかばちか。やってみるわよ。…コホン、『これが今流行の異世界転生ってやつかー、ステータスオープン』!」
「…しかし なにも おこらなかった。いや、正確には転移じゃないか?」
「次はアンタがやりなさいよね」
「『ステータスオープン』!」
「…しかし なにもおこらない。元気出しなさいよ、ヤマキング」
哀れんだ顔で肩を叩かれた。誰がコイやねん。最後にやった方がスベった空気になるのは理不尽だろ。
「後、出来るのは装備品の確認ね。私は学校の制服にリボン、ブーツ、ハンカチ、ティッシュ・・・。あ!スマホ!」
「マジだ!なんで忘れてたんだよ!俺たち!」
現代の万能道具が意識から抜け落ちていた。普段、二人でいるときは基本的にスマホしまっている。それでも、二人して今まで忘れていたのはやはり動揺を引きずっていたのか。しかし、ここが圏外かつGPSでも特定できなかった時、先ほどのお巫山戯が途端に真実味を帯びてくる。
バックパックを地面に下ろす。そして、チャックを開けて…。
「なんだ…これ…?」
黒。暗い。穴。
背負っていた鞄の中身が見えない。
そこにあったものがない。底がない。底知れない『なにか』の口が開いたような…
「てい」
「ナデシコさん!?」
ためらうことなく手を突っ込んだ幼なじみに思わず声がでる。開いた口が塞がらないうちに、その手を取り出した。
「方位磁石~」
「なんで?…え!なんで!?」
ドラ声気味の幼なじみに、驚くことしかできない。いや、スマホじゃないの!?
「んー、あんまり嫌な感じしなかったのよね。だから、とりあえず手を突っ込んで、スマホを探したら全然掴めなかったのよ。だから、代わりに方位磁石でもあればいいのに、なんて思ってたら、気付いたら手の中にあったのよ」
「…心臓に悪いから今度から事前に相談しろよな?」
こいつの直感は大体当たる。今日はあと何回驚くことになるのだろうか。
「いや、ともかく俺も覚悟を決めるか」
腕を中に入れる。この光景に違和感はあるが、不快感はない。
とっくに鞄の底に付くはずなのに、なにも掴めない。ならばと、代わりの目当てのものを思い浮かべる。
掴めた。今日一の不思議体験だが、そのまま取り出そうし……幼なじみの期待に満ちた目に気付いた。え?やるの?一回やれば十分ですやん。違うよ?さっきの覚悟は、ドラる覚悟じゃないよ?
……やりゃいいんだろやりゃあ…!
「か、紙とペン~」
「……照れが見えるわね、70点」
お前ふざけんなよ。




