27.それは最強よりも、なお強く
「ねぇ、アーテナイ、私たち勝ったってことでいいのよね?」
「ああん?何度もしつこいねぇ。それでいいって言ってるだろ?」
「じゃあ、参りましたって、聞きたいなー、って」
「………」
「返事がないわ、聞こえなかったのかしら?」
「よし、一つあの店までここから届くか試してみるかい?」
「やめて死んじゃう」
慣れというものは恐ろしいもので、俺たちはこの状況、簀巻き運搬に慣れていた。
ナデシコなど慣れすぎて、危うくブーメランになるところだった。
店はすでに見えていて、時間帯はすっかり夕方。茜色の石畳、なんとも風情がある景色だ。そう、そこに簀巻きを両肩に乗せた2m越えの女がいるのを省けば。
「おい、ナデシコ、姫さまの機嫌を損ねるなよ」
「そうね、ごめんなさい、姫さま」
怒鳴り声が飛んでくると思っていた。だが、アーテナイはその場で立ち止まる。身体が接触したところから動揺が伝わる。
「どこで、それを……いや、アタシだったか…全く、それはあんまり口に出すんじゃないよ!」
「…分かったわ。ごめんなさい」
「…ああ、すまなかった、アーテナイ」
「分かれば良し!」
表情は見えなかった。だが、零れた声はひどく寂しげだった。そして、その寂しさはすぐに消えた。
聞いた話だと500年、想像も付かない遠い昔、それを生きてきたこの女性は、一体いくつの別れを経験したのだろう。
「おう、邪魔するよ」
アレクさんの店に入るアーテナイ。そこに居たのはシャーロットさんだ。カレブさんとアリシアちゃんは、居住階だろうか。
「ええぇ!?アーテナイ様!?ナデシコちゃんにヤマトくんも!?何でボロボロなの!?」
その混乱は当然だろう。伝説の英雄の登場にしては意味不明過ぎる。俺たちの噂がここまで届いてないようで少し安心。
「じゃ、ここでいいね」
そして、床に下ろされる俺たち、多少の痛みはあるが、もう立てる。しかし、布を剥がされて見れば、なるほどこれは酷い。衣服は上下ボロボロだし、その隙間から青あざも覗いている。せっかく貰った服の事を謝らないと、いけないなどと思っていた。
しかし、そこでやっと気付いた。ナデシコの胴体部、俺の股間周りに傷跡がないことを。無意識下かどうか、知らないが後遺症が残らないように俺たちを殴っていたらしい。この野郎、手加減しやがって。
「ええっと、怪我してるのよね…?アーテナイ様が、助けてくれたのかしら…??」
シャーロットさんの困惑は続く、状況から見るとそう見えるかもしれない。
実際は、もう少し単純で複雑というか。喧嘩帰りというか。俺とナデシコが言葉を選んでいると…。
「いや、これはアタシがやったんだよ」
言葉を選ばないアーテナイの一言。むしろ、誇らしげだった。いや誤解しか生まないわ、とツッコむ時間もなかった。
―――パシッ!
乾いた音が響いた。何が起こったか、理解したのは誰だっただろうか。いや、理解するまえに、その声が響いた。
「…貴女は、子供相手に何を考えているの!!」
シャーロットさんが放った平手打ちは、アーテナイの頬を正確に捉えたのだ。
「貴女の事は知っています。母と祖母から、父と祖父から、偉大な人だと。かつてこの世界を救い、今もこの街を人々を守ってくれている優しい人だと。立派な人だと。私も子供に最初に話したのは、貴女の話でした…」
肩が、打った手が、膝が、ガクガクと震えている。眼の端から涙が零れている。そう、シャーロットさんは自分がやったことを理解してる。
「でも、子供相手に暴力を振るのは、どんな理由があろうと許されていいはずがありません!ましてやそれを誇らしげに語るなど、貴女は間違っています!」
眼光は鋭い。アーテナイが火山なら、シャーロットさんの力はたいまつ程の炎だろう。だが、立ち向かったのだ、これは間違っていると、ならば正さねばならぬと。それは、どれほどの勇気なのだろう。
アーテナイは、呆然と一歩下がった。俺たちは、言葉も出せずにそれを見ていた。
そんな沈黙を破ったのは、再び開かれたドア。
「シャーロット!大変大変!ヤマトくんとナデシコちゃんがアーテナイ様と試合をして、しかも勝っちゃったんだって!…ってええぇ!?アーテナイ様!?」
「うん!通りでみんないってるよ!あ、アーテナイさまだ。それにおにーちゃんにおねーちゃんも!ただいまー」
カレブさんとアメリアちゃん。いや、アーテナイに動揺してないアメリアちゃんハートが強すぎない?
「……………………………………え?」
シャーロットさんは、油の切れた機械の様にぎこちない仕草で俺たちを見た。そして、頷く俺たち。そして、アーテナイに視線を戻す。
「あー、うん。アタシの言い方が悪かったね。すまん。そして…、参りました」
「……ご、ごめんなさああああああああい!」
伝説の英雄を屈服させた者の叫びとしては、あまりにも情けなく、悲嘆に満ちたものだった。
その者、すぐに夫に駆け寄り抱きついた。娘もそこに楽しげに入る。
勇者は、ひどく赤面した。




