18.その果実水を飲む
「……そのご様子では、本当にご存じなかったのですね」
にこやかな眼が一瞬、真顔になる。すぐに元の笑みを取り戻した。
「申し遅れました。私、アーテナイ様の補佐を行っております。エルフのシェーヌと申します。以後お見知りおきを。ヤマト様、ナデシコ様」
優雅な一礼、完璧な所作。隙というものが見えない、そんな印象を受けた。
「ああ、名前を知っている件ですが、実はアーテナイ様が『おもしろい人間が居た』と聞いてもないのにベラベラと、こちらは事前打ち合わせや、確認事項が山のようにあるというのに、遅刻をして来た上に本当にあの…!……失礼、汚い言葉が出そうになりました。お忘れください」
相当な苦労人であることが分かった。
「ええっと、一応名乗っておくわ。ナデシコよ。一杯やっとく?シェーヌ」
「ヤマトだ。果実水しかないけどな、シェーヌ」
「では、お言葉に甘え、いただきましょう」
どこから取り出したのか、自分の分のコップを出して一杯。そう言えば、ずっとしゃべり続けてるな。
「私はそのアーテナイ様の話を聞いて覚えたのは強烈な違和感です。先ほどの話、いえ伝説ですが、この大陸ではどんな家庭でも一番最初に聞く伝説なのです。その伝説の一人であるアーテナイ様に気付かないのはあり得ない。もし、今の世を生きる人が聞いたのなら、『もしかしたらそういう人もいるかも』程度で終わります。しかし、私は見知っています。人が悪意を持って、人を害したあの時代を…」
シェーヌは何かを耐えるように拳を握りしめる。
「何らかの記憶操作を受けている可能性、悪意を持った何かに操られているのかもしれない。その不安にかられたのです。…ですが、それは考えすぎだったようです」
拳を解いて、柔らかに微笑んだ。
「少々調べました。我が街の住人を救ってくれたことを。そしてお会いした今、あなた達の魔力に淀みが無く、あの戦いに敬意を持ってくれる方々だと知れた。……なにかお二人には事情があることは分かりますが、こちらからはなにも聞きません。有らぬ疑いをかけて申し訳ありませんでした」
深い一礼だった。自己完結の報告ではない。疑いを持ち、接したことへの謝罪だった。
「気にしないで、といっても駄目そうね。コレで手を打つとしましょう」
「ああ、コレでいいか」
俺たちはコップを持ち、差し出した。
「「果実水おかわり」」
「…はい、かしこまりました」
苦笑したシェーヌは、完璧などでは無く随分人間じみていた。
「そろそろ次の催しが始まりますよ、お二人とも。次はいよいよ、アーテナイ様と冒険者の対決になります。伝説の一端、どうぞご覧ください」
優雅な一礼ともにシェーヌは退出していった。
「伝説の一端、ね。だったら、伝説に挑む者はなんと呼ぶのかしら」
「勇者?いや『七天将星』がある意味勇者みたいなもんだからな。チャレンジャーでいいんじゃないか?」
「いいわね。それじゃ、青いグローブに声援を送るとしましょうか。……でも、その前にやることがあるわね」
「ああ、そうだな」
俺たちは立ち上がる。そして区画を退出し、別々のところを目指すのだ。
男子トイレと女子トイレ。
どう考えても、果実水の飲み過ぎが原因だった。
「さあ、青いグローブに声援を送るとしましょうか」
「再放送?もう格好つかないぞ」
今は自分の席に戻って来ている。
会場を見れば、一人のドワーフ中心に立っている。
両手を顔の前に置いて、まるでやまびこの準備の用だ。
まさか、地声で全体に届けるのか?と思ったが、その両手の間に魔力が通っている。
『さあ!本日のメインイベント!まずは幸運な挑戦者を紹介しましょう!Bランク冒険者パーティ『双杖』!ベンジャミンとブルックリン!入・場!』
まるで拡声器を使ったような声だ。魔力の応用だろうか?
そう言えば、先ほどシェーヌも水差しを冷たくしていた。魔力の活用の幅は思ったより多いのかもしれない。それにしても、冒険者にはパーティ名もあるのか。
そして、二人が入場してくる。ベンは手を振りながら、リニーは緊張しているのか、視線が前に固定されている。
「かましなさーい!リニー!ベーン!」
「しっかりやれよー!」
俺たちは、観覧席から身を乗り出して声を掛ける。二人は、こちらを見て同時に頷いた。
会場からの声援も好意的だ。ベンに向ける声援は若干黄色が混じっている。
『そして、その挑戦を受けるのは…語るまでもないでしょう!七天将星!赤のアーテナイ様!ご入場です!』
爆発だった。会場に入ってその赤髪が日に照らされた瞬間に歓声が上がる。男女関係なくだ。
格好は変わっていない。会場の外では、ざわめき程度だったが今の観客達は狂喜している。
生ける伝説が目の前で戦う、おとぎ話の英雄の出陣、それが今なのだ。
手に持った武器は、槌、ハンマーだ。柄は長く、先端の重りは小さい。というかあれは…。
「木製の槌、か?」
「鍛冶の街のドワーフの武器が?」
二人で首を傾げる。そんな時、金色の眼が一瞬こちらを向く。
しかし、すぐに目の前の二人を見据えた。そして浮かぶのは笑み。
獲物を前にした獣ようで、ご馳走を前にした子供のような純粋な笑顔だった。




