第12話 家族の帰る場所
コツリ――と玄関前のポーチに降り立つバレッタ。
ただ今日の彼女は独りではない。オレが寄り添っていた。
屋敷へ入るとディジエが神妙な顔つきで出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。確かに部屋に居りました。ベッドで眠っています」
「ふっ」
オレが思わず笑ってしまったことでさらに眉を顰める彼女。
「――すまない、つい嬉しくてな。ただいま、ディジエ」
「ディジエ、ただいま」
その言葉に、ディジエもしかめていた顔を緩ませてくれた。
「もう……勇者様が泣かないでくださいまし」
◇◇◇◇◇
ハイトリンの部屋へ入ると、ベッドで彼女が寝息を立てていた。
到着前にディジエが知らせてくれていたから安心はしていた。
ハイトリンは確かにここを家族の帰る場所だと認識してくれていたのだ。
「これ、あたしが着せてあげた勝負服よね。初夜の時に」
「そういえばそうですね」
「だがこんな薄衣を着せて……大事なところまで透けてしまってるじゃないか。ハイトリンも恥ずかしかったろうに」
「この子は色素の薄い、シミひとつない肌をしているのだから、この方が映えるのよ」
「そうなのか。そうかもな」
「ロスタルは下半身で物事を考えますからね」
それは言い過ぎだ――と反発すると、ふたりが笑う。
「ん…………ん?」
「目覚めましたね、よかった」
「ええ、よかった」
「……ロスタル? 今日は私が独占できる日だよね? あれ……体が……」
まだ思うように体が動かないのか、跳ね起きようとしてバランスを崩すハイトリン。
オレはベッドの脇まで行って彼女を支える。
「今を超えるお前を育てるようにと託された。わかるか?」
「うん、前後の記憶が曖昧だけど、術を掛けたのは何となく覚えてる。――あっ、ロスタルの聖剣を触媒にしたの、上手くいったんだ?」
「ああ、問題ないと思う」
「今までは星明りを触媒にしてたから、上手くいくかわからなかったの」
ハイトリンは自分の魔剣を見やった。
「それは……どうして聖剣に変えたんだ?」
「ロスタルの傍に居たかったから」
「ロスタルの傍は安心できますよね」
「ちょっと待ってハイトリン! あなた今までにも同じことを??」
「うん、やったよ。何度か」
「なんだ……あたしすっごく心配したのに!」
「でも、今まではずっとひとりぼっちだったから……誰かが傍に居る目覚めは初めて」
「そうなのね……」
「ああ、家族だからな、オレたちは」
「うふふっ。じゃあ今日はみんなで一緒に寝ましょうか?」
「ダメ! 今日は私の初めてなんだから!」
「その体でか?」
「やるのー!」
「はいはい、わかったわ。困ったことがあったらあたしを呼んでね」
「何かお腹に入れますか? 軽いものを作ってまいりましょう」
◇◇◇◇◇
結論から言うと光になったハイトリンの助言は正確だった。
彼女の教えてくれたそこを舌でなぞると、徐々にではあったがハイトリンは反応を見せ、慣れないながらも体をよじらせ、女の表情を見せてくれた。これから少しずつ、少しずつ、ふたりで歩む時間を大切にしていきたいし、それはディジエやバレッタに関しても同じだった。バレッタはしばらくお休みだが。
そういえば、ディジエはハイトリンと違ってずいぶんと反応が良かったなと、ハイトリンの眠る傍で今更ながら思い出した。翌朝、そのことについて本人に聞いてみたところ、顔を真っ赤にして俯き、聖女らしからぬことを行っていたことを白状した。
◇◇◇◇◇
オレたち四人に再び平和な日々が訪れた。
魔族の残党は未だ多く残るが、星界網経由でこまめに連絡を取ることで、帰りを待つディジエを安心させてやれたし、オレにはハイトリンが常に同行してくれるようになった。知識の豊富なハイトリンなら安心して背中を任せられた。バレッタは普段、ディジエと一緒にオレの帰りを待つが、時には彼女の手を借りて広大な土地を探索して貰ったり、また同じく広大な土地に魔法を掛けたりして貰うこともあった。
オレの初夜権については、辞退を以て撤廃されたと公布された。ついでに三人の妻が大事なのでと添え書きして貰った。その辺、すんなり認められたのは、どうやら聖堂や神殿との関係改善が影響していたようだ。ディジエはそのために財産を勝手に寄付したことを謝罪してきた。
最初は聖堂のお偉いさんから個人的に要求されたのだそうだ。彼女もオレの初夜権をなんとかしたいという想いからだっただろう。しかし要求は徐々に増し、彼女は酷く呆れたそうだが、逆に聖堂と言えど金で誑し込めることを知った。そこで彼女はそのお偉いさんを通じての、聖堂への多額の寄付を思いついた。
どのような罰でも受けると彼女は言うが、オレは――いいよ――って答えておいた。だって、オレにとってこれ以上の金の使い道なんて無かったのだから。
バレッタの専属契約の話について、相手の男は何も言わなかったのかと心配したが、バレッタが言うには――あたしの幸せを邪魔したら立たなくなる呪いを掛けるわよ――と脅したのだそうだ。足腰が弱くなったら生きるのも難しいものな――などと勝手に納得しておいた。そういえば、勇者専属になったときも同じことをしていたんだろうなと長年の疑問が氷解した。
ちなみに、しばらく夜はお休みだったはずのバレッタは、地母神様の秘儀とやらで夜も変わらず元気だった。おかげでオレも彼女のもうひとつの初めてを貰えて少し嬉しかった。
ハイトリンはその後、順調に育っていった。競技感覚で楽しむ彼女にはちょっとどうかって思う部分もあったが、飽きる暇もないのはそう悪くない。ただ、バレッタに変な技を教わったり、ディジエにひとり遊びを教わったりしてくるので、そこはやめて欲しいと文句をつけておいた。
なお、巷に広まった彼女の像やイコンについては、まあ、それくらいは広い心で許してやろうという余裕を持てるようになった。別にいかがわしい像やイコンというわけではないのだしな。
そして――
コンコンコン――と玄関のノッカーが叩かれる。
リビングのソファーにハイトリンとふたりで居たが、使用人は居らず、オレの膝の上で交差するように寝そべるハイトリンは動こうともしない。そのうちに――はい、どちらさまでしょう?――とディジエが応対した。
やがて、ふたりの足音が近づいてくる。ただ、一方は緊張しているのか足音が少し大きい。おそらく客だろう――が、このままリビングへ通すつもりだろうか?
「ハイトリン、起きろ。ちょっと起きてくれ」
「うにゃあ……」
退かないハイトリンと押し合っていると、その内にディジエが客を連れてリビングへとやってくる。ただ、緊張の足音は客の方では無かった。
「ロスタル? 家族が増える場合は事前に相談していただけますか?」
「えっ……」
笑顔のディジエが居た。
「不束者ですが、宜しくお願いいたします! 第四夫人のヴァリエです!」
「ええっ!?」
「えーっ、屋敷の前の迷路の魔法、どうやって解いたの!?」
最近知ったのだが、どうも以前からハイトリンは屋敷の前の小さな森に、幻覚の魔法をかけて余所者を排除していたらしい、それも全て家族の団らんのために。そしてその魔法を抜けるためには合言葉が必要なのだとか。オレ? オレにはその幻覚は効かないみたいだ。
「誰かお客様? あら、これはまた若い子ね? お手伝い?」
「第四夫人です! バレッタ様」
「そうなの!? 腰が高いわね! 股下どのくらいあるのか見たいわ。ちょっと脱いでくださらない?」
「承知しました!」
てきぱきと下を脱ぎ始めるあの給仕さん。
「いや、おい、ちょっと! あれ冗談じゃなかったのか! というか堂々とこんな場所で脱がないでくれ!」
「見て。若い子はいいわね、皺もないしすごく綺麗」
「私だって負けないもん」
そう言ってこっちも下を脱ぎ始めた。
「わぁ、すごく綺麗です、ハイトリン様!」
「さすがエルフの血よね」
「ふっふん。――ディジエ、この子採用」
「わ、わたくしだって股下の長さなら負けません!」
「ディジエまで対抗しないでくれ……」
そんな突然の股下品評会はそれから半刻ほど続き、ようやく収まったときには妻が一名増えていたのだが、オレの意見は一切無視されていた。