第99話「軍令部決戦会議 —」
昭和20年(1945年)4月2日未明 東京・軍令部地下作戦会議室
「──では、菊水作戦発動可否に関し、各員意見を述べよ」
豊田副武中将の一声で、会議室の空気が張り詰めた。
まず口火を切ったのは連合艦隊参謀長・草鹿龍之介中将だった。
「敵艦隊は依然として最大戦力を沖縄前面に集中しつつあります。敵空母群を撃破できる唯一の機会は今を措いて他にありません。」
草鹿は身を乗り出す。
「通常攻撃では決定的打撃は与えられぬ。よって、体当たりによる必殺打撃を積極投入し、空母群の戦力低下を図るべきであります。」
続いて海軍航空本部・源田実参謀がさらに強調した。
「この戦争は速戦が肝要。今我が航空戦力が存在しているうちに、最大限の成果を絞り取るべきです!」
「特攻は悲壮な策ではありません。攻勢の道具であります。」
しかしすぐに、海軍航空本部長・宇垣纏中将が冷静に反論した。
「焦燥に駆られて全航空戦力を体当たりに投入するは愚策と断じます。」
「現に本土は幸か不幸か、現在までに米軍の攻撃による被害らしい被害を受けておりません。燃料基地、航空機工場をはじめ、生産体制は依然として健在であり、消耗を免れている。まだ航空訓練・整備は続行可能な状態だ。」
「ここで短期的成功の可能性に賭け、貴重な搭乗員など全要員を失えば、本土決戦期に何も残らぬ危険すらある。」
さらに連合艦隊司令長官・小沢治三郎中将も静かに重ねた。
「私は現場を預かる立場として申す。」
「体当たりをすべての航空要員に強制するは、十死零生である。人材枯渇を早めるのみの愚策と考える。
我々は通常航空撃滅戦を軸とし、特攻はあくまで補助戦法とすべきです。」
議論は火花を散らした。
草鹿がやや声を強める。
「小沢長官、宇垣殿──もはやそんな悠長な余裕は残されておりませぬ!」
「敵は日々航空隊を進出させ、我が航空燃料は日に日に逼迫している。今叩かずして、いつ叩くのか!」
源田参謀も続けた。
「今しかありません! この奇跡的に艦艇・航空が生き残る状況を最大活用せねば!」
再び沈黙が流れた。
豊田副武中将は全員をじっと見渡し、低く結んだ。
「……よく分かった。」
「菊水作戦──発動する。
だが──」
「体当たり戦法は主攻に非ず、補助戦術と位置付ける。
通常航空撃滅戦を重ねつつ、命中機会を増す手段として限定的活用せよ。
人的損耗を早期に枯渇させぬ策を第一とする。生きて帰ることを部隊に徹底させよ!我々は武器も人も枯渇しているのだ、まさに十死十生、お国の為に尽くしてもらわなければ困る」
会議室全体が、重苦しく頷いた。
こうして──
菊水作戦の概要は、最も理性的な形で静かに決定された。




