第98話「白い霧の中の民間人 — 」
昭和20年(1945年)4月1日夜 沖縄本島・首里城地下避難壕
壕の中は、身を寄せ合う避難民たちの低い話し声とすすり泣きが交錯していた。
沖縄戦の始まりと共に、首里城周辺にも多くの住民が避難していた。
その一角。
老女のウシさんは毛布を肩にかけ、孫のカヨを抱いていた。
「……ばーば、こわくない?」
カヨが小さな声で尋ねた。
ウシは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。神さまが守ってくれたさあ」
さっきまで自宅のあったはずの住宅地は──
いま白い霧のような煙にすっかり包まれていた。
「家は、見えんなってしまったけどよ」
「爆弾でこわされたの?」
「……違うさあ。あの白いもんが空からわんさか降ってきてな、まるで雪みたいだったよ」
ウシはうっすら甘い匂いを思い出していた。
爆風も火の手も上がらず、ただ空から静かに白い粒子が降り積もるだけ──
それは爆撃とは思えない奇妙な光景だった。
「でもな、無事にここまで逃げられた。ほんとに運が良かったさあ」
隣の中年の女性が、震える声で加えた。
「隣組のヒサさんも無事だったさ。家の前は埋まったけど、怪我ひとつないって……奇跡さぁ……」
誰もが、その不可思議をうまく言葉にできずにいた。
「……でもよ、戦はまだ続くんだろう?」
「きっと明日も、明後日も……」
別の男がぼそりと呟いた。
「今度こそ、生きておれんかもしれん……米軍はもうあちこちに上陸してきたってよ」
静かな沈黙が流れた。
壕の外では遠くで艦砲射撃の低い振動がまだ続いていた。
ゴゴゴ……ドォン──
ウシはそっとカヨの髪を撫でた。
「大丈夫よ、朝が来たら、また陽が昇るさあ──」
だが誰も、この戦争の先を想像しきることはできなかった。
白く霞む沖縄の空の下で──
戦線の異常は、静かに市民の生活を飲み込み続けていた。




