第97話「戦果整理 — 」
昭和20年(1945年)4月1日夜 沖縄本島沖 米第五艦隊旗艦フィラデルフィア
夜の艦隊旗艦。
作戦室には各部隊からの報告電文が次々と集積されていた。
参謀幕僚が整理報告を開始する。
「第6海兵師団、第一日目戦果整理──」
「前進距離、予定比8割達成。敵第一線陣地の大半を制圧済み。沿岸トーチカ群はほぼ無力化──ただし一部に残存反撃あり。」
ミッチャー中将は静かに頷く。
「死傷者数は?」
「本日付死傷報告──戦死58、負傷310。この地区の第一波上陸規模から見て、比較的軽微と評価可能です」
幕僚が補足する。
「敵火力は頑強でしたが、敵側の死体確認は限定的。爆撃・砲撃による破壊のため敵に与えた被害の精査が遅れている可能性ありと報告されています」
ミッチャーは短く返答した。
「…ふむ。日本軍は既に相当消耗しているはずだ」
幕僚が続けた。
「後続の陸軍部隊は明朝以降順次展開予定。兵站線も順調に維持中。戦線拡大計画通り進行可能と判断いたします。」
その背後で、通信士が新たな電文を受信していた。
「前線先遣班より追加──トーチカ群への突入突撃班において局所的に近接戦闘、"異常な耐久性"を持つ日本兵が観測されたとの報。」
ミッチャーがわずかに眉を動かす。
「耐久性?」
参謀が説明する。
「命中弾多数にも関わらず、日本兵が直ちに倒れず白兵戦へ突入するケースあり。ただし現象原因不明。部隊士気への悪影響は今のところ軽微とされております」
「……ふむ。敵も死に物狂いだと受け取れ。」
ミッチャーは静かに断じた。
「奴らは徹底抗戦を覚悟している。我々は淡々と手順通り潰していくのみだ」
幕僚たちは黙って頷いた。
そして作戦図上にゆっくりとマーカーが進められた。
沖縄戦一日目──順調に進行中、と記された。
だが──
この海の下、砂浜の上で何が起き始めているのか──
司令部の誰一人、本当の異常にはまだ気づいていなかった。




