第96話「野戦病院 —」
昭和20年(1945年)4月1日夕 沖縄本島南部・日本軍野戦救護所
鉄板と土嚢で簡易に組まれた野戦救護所内は、既に兵で溢れかえっていた。
「次ッ! 台へ!」
衛生兵たちが叫びながら次々と負傷兵を運び込んでいく。
担架の上で呻く兵たちの顔──
ほとんどが頬や顎、こめかみ、肩を腫れ上がらせていた。
「うぅ……いってぇ……!」
包帯を巻く衛生兵が小声で呟く。
「殴られたんじゃねえのか、こりゃ」
「まるで喧嘩してきたみてぇだな……」
それでも処置は休まず続く。
消毒液の匂い、うめき声、医療器具の金属音──
救護所内は昼夜の区別なく稼働していた。
銃剣創の処置
「こちらは銃剣刺創です!」
別の担架が滑り込んでくる。
右脇腹から出血した兵士が息を荒げていた。
軍医が即座に止血帯を締め上げ、縫合へ入る。
「内臓は避けている──助かるぞ、落ち着け!」
銃剣創の兵士もいれば、顔面を腫らし殴打された兵士も次々と現れる。
「歯が……歯が折れたッ……」
「顎が動きません……」
衛生兵たちは麻痺した手順で次々処置を進めるが──
ふと一人が呟いた。
「……そういや弾で撃たれた奴、今日まだ見てねえな」
隣の衛生兵が返した。
「さっきもそう思ったよ。銃創より殴打ばっかじゃねえか、今日は」
「銃撃戦なのに妙なこった……まあ考えてる暇もねえがな!」
包帯が投げ込まれ、止血が続く。
軍医は静かに続けた。
「いいから手を止めるな! 刺創と打撲は時間との勝負だ!」
別の担架
「おい、これは打撲だけじゃねえぞ。肋骨いってる!」
「こめかみ骨折してる! 気絶寸前だ!」
「敵の白兵突撃で殴られたらしいです!」
日本軍野戦病院は今、
銃撃戦でありながら銃創がほとんどない
──そんな不自然さすら掴み切れぬまま、忙殺され続けていた。
血液と消毒液の匂いに交じり、不思議な白い粉の甘い香りが、まだ微かに風に乗って救護所内に漂っていた──。




