第93話「肉弾の距離 — 」
昭和20年(1945年)4月1日午後 沖縄本島・西岸第一線トーチカ突入戦
「突入準備ッ!!」
アンダーソン大尉の怒声が轟いた。
白い粉状の霧が漂う中、突入班は遮蔽物を乗り越えて突進していく。
トーチカ正面の射撃窓からは、なおも九七式重機が低く唸りを上げ、銃火が交錯していた。
「グレネード投入ッ!」
マッケンジー伍長が素早くピンを引き抜き、M15手榴弾を狭間へ滑り込ませる。
カラン…カラン…
突入班が身を伏せる中、数秒後──
ポフッ──ブシュー……
轟音はなく、代わりに微細な白い粉末が噴き出した。
白い粒子が煙幕のように広がり、何故か淡い甘い香りが漂い始める。
「スモーク確認、突入ッ!!」
アンダーソン大尉が叫ぶと同時に、突入班が一斉にトーチカ内へなだれ込んだ。
トーチカ内部 — 視界悪化
内部は既に白い霧に包まれていた。
踏み込む足元で砕けたゼリービーンズや粉砂糖が散乱している。
「敵──正面ッ!!」
わずか十数メートル先、銃剣を構えた日本兵たちが無言で立ち並んでいた。
迷彩服の中からギラリと光る銃剣が突き出される。
「撃てッ! 撃てェ!!」
突入班のライフルが一斉に火を吹いた。
ダダダダダダッ!!
M1ガーランドの弾丸が日本兵の胸部・腹部に次々と命中──
だがその度に硬質なカチンという異音が響き、弾丸は小さく弾けて床に転がっていく。
床にはカラフルな何かが散乱し、跳ね回っていた。
「……倒れない……!?」
「命中してるぞ!?」
敵は撃たれた瞬間、確かに怯みを見せる。しかし、一歩も後退せず、むしろ静かに歩を進めてくる。
まるで無敵の歩兵が次々と前進してくるようだった。
「クソッ……下がれ!下がって体勢を整えろ!!」
アンダーソン大尉が叫ぶ。
だが日本兵たちは既に至近距離まで接近してきていた。
「ベネットがやられた!」
前方の兵士が日本兵の銃剣に貫かれて崩れ落ちる。
血飛沫と叫び声が交錯する。
後方の海兵が慌てて拳銃を抜き、日本兵の背中へ超至近距離から発砲した。
パン! パン! パン!
だが──
弾丸は背中に命中するも、柔らかな衝撃音と共に粉砕され、またも地面へと飛散した。
「バカな……ッ!!」
その日本兵も、撃たれたことは理解しているのか、ゆっくりと振り返り、拳銃を持つ米兵に銃剣を向ける。
「下がれ!!」
アンダーソン大尉は即座に銃床で日本兵の側頭部を殴打。
日本兵はよろめきつつゆっくりと崩れ落ちた。
「殴れ!!殴り倒せ!!!」
突入班は次々に銃床を振り回し、殴打戦が始まった。
ガシャンッ! ガン! ドンッ!!
銃剣が突き刺さり、銃床が唸りを上げ、殴打と血と悲鳴が入り乱れる。
「銃は効かない!!全員着剣!!」
「殴れ、 銃床だ!!」
白い粉が舞い散る中空間、
血と喧騒の中立ち込める甘い匂いに誰しもが言い知れぬ恐怖を味わいながら、極限の肉弾戦が始まっていた──。




