第92話「水際陣地 — 肉弾戦用意」
昭和20年(1945年)4月1日午後 沖縄本島・西岸第一線トーチカ
コンクリートの厚い壁を震わせながら、砲撃音が断続的に轟いていた。
ゴォォン──!
ズドォォン──!
「また来ますッ!」
機関銃手の田村伍長が声を張り上げると同時に、トーチカ内部に微細な埃が舞った。
だが、直撃の気配はない。
その外では、猛烈な煙幕が砂浜一帯を覆っていた。
しかしそれは通常の黒煙ではなく、白く膨れた奇妙な粒子の帯であった。
「……何だ、この煙は……?」
観測窓から覗き込んだ兵たちが困惑の声を漏らす。
「煙かと思ったが……雪か? いや……もっとふわふわしてるぞ」
「甘い匂いがする……」
それは艦砲やロケット砲の着弾によって空中に漂った白い無数の泡のような物体だった。
視界は50メートル先も曖昧になり、敵の動きが捉えにくくなっていた。
「照準が効かん! 浜辺の敵がよく見えんぞ!」
田村伍長が叫ぶ。
「構わん! 撃ち続けろ!」
九七式重機が唸りを上げ、曳光弾が濃密な煙幕の中へ吸い込まれていく。
敵接近
煙幕の切れ目から、一瞬だけ多数の人影が現れた。
「前方二百──敵上陸兵、殺到中!!」
アメリカ海兵隊の散開突進が視認できた。
砂浜一帯を埋め尽くすように、無数のヘルメットが蠢いている。
九七式重機関銃が激しく火を噴いた。
「弾帯交換ッ!」
「もう予備はありません!」
弾薬係の声が絶望的に響く。
「機銃、あと二分が限界です!」
指揮官の谷口中尉は叫んだ。
「全員──着剣用意!」
兵たちは一斉に銃剣を装着し、身構えた。
「肉弾戦用意! 敵が迫るぞ!!」
観測窓の向こうで、煙幕の中から次々と這い出す海兵隊の突進兵が見えた。
「前進してくるぞ!……もう距離百だ!」
谷口中尉は低く叫んだ。
「──これより先、一人も後退するな。」
ズドン──!!
またも後方の艦砲音が大地を揺らす。
煙幕の中で、白い綿のような粒子が渦を巻きながら舞い上がっていた。
その中を、次第に死線の距離へと米軍が迫り続けていた──。




