第90話「沖縄戦地上戦 — 首里城司令部」
昭和20年(1945年)4月1日午後 沖縄本島・首里城地下司令壕
地下に造られた司令部壕内。
耳をつんざくような地鳴りと振動が、床板を震わせ続けていた。
ゴゴゴゴゴ……ドォォォン……ドン……
「砲撃、断続続行中──敵艦砲と思われます!」
参謀幕僚が叫ぶように状況を報告する。
陸軍第三十二軍司令官・牛島満中将は黙然と作戦卓を見つめ続けていた。
沖縄本島の西海岸線は、既に米艦砲射撃とロケット弾の集中攻撃を受けて久しい。
隣で長勇参謀長が低く報告を重ねる。
「西岸海岸部、猛烈なる砲撃が続いております。水際陣地、第一線は配置完了済み。未だ敵上陸なし」
通信班が次なる報告を届ける。
「第1沿岸砲台──主砲射撃中。命中弾観測あり!」
牛島中将がわずかに目を上げた。
「敵艦に命中か」
「は。駆逐艦1隻炎上を確認したとの電報。現場詳細は未確認」
それは恐らく、遠方に揺らめく黒煙や火花を見たものであろう。
だが、砲台の砲撃自体は着実に継続されていた。
一方で、猛烈な砲声と地響きの割には──
司令部壕内に報告される破壊被害は極めて少なかった。
「司令部直轄線、依然通信正常。砲弾直撃報告、今のところ皆無」
参謀が静かに補足する。
「通常であれば、既に壕上部は崩落していてもおかしくない砲撃量ですが──」
長勇参謀長が低く唸った。
「──確かに……着弾は続いているが、実害が妙に薄い」
牛島中将はわずかに目を閉じ、砲声が轟くたびに微かに揺れる地面を感じ取った。
(地鳴りは確かにある……しかし爆風も、瓦礫も、倒壊も来ない──)
その異様さに、誰も言葉には出さぬまま、重苦しい沈黙が漂っていた。
午後1400時・西岸海岸線
その頃、水際陣地では海軍防備隊の兵たちが戦闘配置に就いていた。
「敵上陸艇、接近中──!」
双眼鏡を構えた下士官が叫ぶ。
だが兵たちの背後に、大きなクレーターや砲撃による破壊痕は存在しなかった。
砂浜には、無数の白い粒子──
まるで膨れた白い球体状の物質が積もっている。
それが、猛烈に打ち込まれたはずの艦砲弾の変わり果てた姿であることを、まだ誰も理解していなかった。
「とにかく敵は来る。撃つぞ、準備!」
機関銃が砂嚢上に並び、九七式重機が唸りを上げた。
沖縄の地で、静かに異常な地上戦の幕が開きつつあった──。




