第89話「国土決戦 — 」
昭和20年(1945年)4月1日午後・東京・軍令部本庁舎
東京・軍令部本庁地下作戦室。
分厚い防空扉に遮断された室内は、張り詰めた空気に満ちていた。
通信班が立て続けに緊急電文を読み上げていく。
「沖縄方面軍より緊急入電──本日午前より敵艦砲射撃開始! 沿岸砲台との交戦を開始!」
「さらに続報! 午後一三〇〇──敵揚陸艇集団、那覇・嘉手納・読谷方面海岸に接岸! 複数戦車揚陸確認!大規模な上陸作戦の模様」
作戦幕僚たちは押し黙ったまま、作戦卓の地図上で展開される赤マーカーを追っていた。
沖縄本島の西海岸が、次々と赤い矢印で埋め尽くされていく。
参謀の一人が重い声を漏らした。
「……ついに、上陸作戦に踏み込んできたか」
誰もがその意味を理解していた。
サイパン──
そして連日の九州空襲──
次第に戦線を押し上げてきた敵が、いよいよ沖縄本島に歩を進めてきた現実を。
幕僚席の端で参謀が呟く。
「サイパンを失い、今や本土への道を開かれつつある……硫黄島が持ち堪えているのが、むしろ異常な程にすら思えてくる」
軍令部次長・豊田副武中将は、淡々とした声音で続けた。
「敵は──着実に歩を進めつつある。」
誰も反論する者はいなかった。
電文読み上げが続く。
「嘉手納・読谷飛行場、既に敵の手に落つる可能性あり」
「那覇市街、砲撃下にあり被害不明!」
「敵艦艇、未だ那覇沖集中、上陸継続中──」
報告が重ねられる度に、重苦しい沈黙が司令部全体を包んでいく。
やがて、豊田中将が静かに呟いた。
「──とうとう本土に敵兵が足を踏み入れた。これより先は、もう後はない。」
幕僚の誰もが、これが「国土決戦の幕開け」であることを理解していた。
沈痛な空気の中で、豊田中将の低く重たい言葉が響いた。
「……だが、我らはまだ残っている。決戦兵器による攻撃計画が…」
その眼は冷たく、決して折れてはいなかった。




