第87話「お菓子箱 —」
昭和20年(1945年)4月1日 日本・宮崎飛行場
空襲直後。
爆弾処理班が滑走路と格納庫前で不発弾回収に当たっていた。
新井中尉は慎重に外殻を切断し、内部を覗き込む。
「……なんだこれは……?」
中から現れたのは粉菓子類、クラッカー、ゼリービーンズ、そしてクリスマス包装のクッキー缶だった。
まるで贈答用の菓子詰め合わせだ。
「手に取る全てが馴染みある菓子類に見える」
「正直…自分にはただの菓子箱に見えてきてしまいます」
爆弾を指さしながら報告する部下に、
新井中尉は苦い顔をした。
「爆弾の内部に、菓子を詰める理由がどこにある……?」
副官の小島少尉が困惑した声で続ける。
「……ただの挑発なのか、心理戦なのか、それとも我々が理解し得ない何かが背後にあるのか……」
その背後で、整備兵たちが消火作業後の破壊された零戦を引きずり出していた。
誘導路脇に駐機していた機体群の一部が転がってきた爆弾に押し潰され、機体は骨組みごと潰れて炎上していた。
「……機体は完全に潰れているな。だが」
新井中尉は破壊痕を見つめながら低く呟く。
「本当に、これを狙って投げられたのか?」
「は?」
「爆弾は低空から落とされた。転がり続け、誘導路に流れ込んだ……結果的に機体を潰した。だが、それが初めから敵の意図だったのか」
副官も眉をひそめた。
「……確かに。もし敵が機体破壊を狙うなら、従来のように焼夷弾や通常爆弾を使えば良いはずです」
新井中尉はさらに言葉を重ねた。
「狙ってやったのか。狙わずにこうなったのか──それすら読み取れん」
二人の間に沈黙が流れた。
整備兵が撤去作業を続ける中、ピンク色の甘い靄がわずかに残る滑走路の上で、
日本側の混乱と疑念はますます深まっていった。




