第84話「九州空襲 — 」
昭和20年(1945年)3月30日 日本・宮崎飛行場
防空警報がけたたましく鳴り響く。
司令所の梶山少将は双眼鏡を構え、接近する銀色の編隊を静かに凝視していた。
「敵機、B-29編隊──推定50機以上。正面突破だ」
通信将校が叫ぶ。
「全高射砲、射撃開始!」
ズドン、ズドンと重い発射音が滑走路脇で鳴り響き、曳光弾が薄紅の線を描いて上空へ伸びていく。
爆煙が次々と空に咲き乱れた。
上空・迎撃戦闘空域
五式戦、隼、零戦──各機が必死に高度を稼ぎ、雲間を縫って上昇していく。
機銃を握る若き搭乗員たちは、遥か上空に蠢く銀色の編隊を睨み続けていた。
「まだ届かんのか……!」
「あと二百! 二百米上がれば撃てる!」
呼吸を乱しながら、酸素マスク越しに叫ぶ若い少尉。
エンジンが悲鳴を上げながらも唸り続ける。
ようやく照準距離に入ると、次々と機銃が火を噴いた。
「撃てえぇッ!!」
曳光弾が弧を描き、B-29の翼端付近を掠めていく。
だが防御銃座からも猛烈な反撃が降り注いだ。
交錯する弾幕の中で、ついに一機のB-29が炎を噴いた。
高射砲の弾と戦闘機の一撃が重なった瞬間だった。
「落ちた! 一機撃墜!」
高射砲観測所からも歓声が上がった。
だが、編隊の大部分はなお規律正しく投弾コースを維持していた。
滑走路上 — 発進準備中
その頃、滑走路では次の迎撃隊が発進準備に追われていた。
整備兵たちが最後の確認を終え、搭乗員がコクピットに収まる。
「始動!」
プロペラが唸りを上げ、エンジンが回転を始めた。
だがその直後──異変が起こった。
上空での爆発音とともに、あたり一面がピンク色の靄に包まれる。
ゆっくり降りてくる淡いピンク色の靄が滑走路上に降り始め、綿状の細かな粒子がゆっくりと吸気口へ流れ込んでいく。
「空気流入──詰まりだ!」
整備兵が叫ぶが、時すでに遅かった。
高回転圧縮中のシリンダー内で綿状物質が膨張・燃焼。
機内で小規模な爆発が起き、エンジン前部から火柱が噴き出した。
「火災! エンジン切れ!」
消火班が駆け込むが、甘味繊維が絡みつくせいで火が広がっていく。
格納庫へは延焼を防いだものの、発進予定だった戦闘機2機が焼失した。
司令所上階で双眼鏡を構えていた梶山少将は、無言で光景を見つめた。
投弾完了直後
投下された巨大爆弾は、地表に落下して淡く重低音の爆発音を発した。
一瞬の静寂の後、またしてもピンク色の靄が立ち昇り、甘い香りが滑走路全体に拡散していった。
見る間に滑走路は綿菓子のような厚い層で覆われ、発着不可能な状態に沈んでいく。
司令所・会議卓
幕僚たちが集まり、梶山少将の前で戦況報告を行っていた。
「被撃墜1機確認。高射・戦闘機とも戦闘による被害なし。ただし……発進準備中の2機が綿状物質吸入によりエンジン爆発、全損」
「滑走路使用不可。応急除去班を出しておりますが……」
甘味の残滓が漂う外を一瞥しながら、梶山少将はゆっくりと口を開いた。
「……これほどの質量をばら撒かれると、綿菓子といえども戦闘機を破壊し得るわけか」
副官が低く頷く。
「ですが──それでも敵は、依然として本格爆撃はしてきません」
梶山は黙って天井を仰いだ。
ピンク色の靄である綿菓子が、春霞のように残光に漂っていた。
「……連中の意図は、ますます不可解になるばかりだな」




