第83話「新型爆弾投入 — 」
昭和20年(1945年)3月30日 サイパン島・第21爆撃集団司令部〜宮崎上空
サイパン第21爆撃集団司令部。
作戦会議室の壁一面に広げられた九州南部の地図が、ルメイ少将の目前に広がっていた。
「……次の標的は九州全土の飛行場だ…沖縄戦の露払いの意味があるらしい…」
幕僚のパーカー中佐が説明を続ける。
「今回投入するのは、例のグランドスラム改型。重量22,000ポンド。英国がダム破壊に使った地震爆弾の転用品です」
ルメイは煙草をくゆらせたまま静かに頷く。
「……今度こそ爆発してもらわねば困る」
「は。通常焼夷弾と異なり、構造単純。信管不良の可能性も極小です。爆発しない原因そのものが、そもそもこの新型には当てはまらぬと考えます」
ルメイの目が鋭く光る。
「連中(日本軍)は掩体壕を多用している。地面ごと叩き潰す。今回は確実に破壊する」
爆薬担当幕僚が付け加える。
「…これで爆発しなければ、正直もう物理法則そのものに疑いを抱かねばならぬかもしれません」
司令室内に薄い笑いが漏れたが、誰もそれが冗談で済まされぬことを感じていた。
同日正午・サイパン滑走路
整備兵たちは慎重に吊り上げ作業を続けていた。
B-29の爆弾倉内に、巨大な鋼鉄塊──新型爆弾2発が慎重に格納されていく。
搭乗するブラウン大尉のB-29は、機体全体が深く沈み込んでいた。
「よくこんな重いもん持って上がれるな……」
副操縦士が呟くが、ブラウン大尉は平然と答えた。
「落とせば軽くなる。問題は落とした先で爆発するかどうかだ」
同日午後・宮崎上空
九州南部、宮崎上空──
B-29は一万メートルの高度で静かに滑空していた。
下方には滑走路の輪郭がはっきりと見えている。
爆撃手のトーマス軍曹が声を張る。
「目標捕捉! 誘導路中央ロック完了! 偏流修正ゼロ──」
「投下開始!」
機腹の巨大なハッチが開き、鋼鉄の巨塊が重力に吸い込まれていった。
空中で2発の爆弾が一直線に落下していく。
だが──
「ん……? なんだ?」
副操縦士が眉をひそめた。
落下中の爆弾の周囲に、微かに霞のような層が拡がり始めた。
ピンクがかった靄の帯が、風に流されて空中に広がっていく。
「偏流のせいか……?」
「いや、爆煙だろう。着弾地点に煙が上がってる!」
爆撃手が興奮して叫ぶ。
「中心線直撃確認! 戦果撮影よし!」
副操縦士も叫ぶ。
「今回は間違いない! 爆煙はっきり視認!」
ブラウン大尉は満足げに頷く。
「やっと爆発してくれたな──ルメイ少将も喜ぶだろう。これが我々空軍の仕事だ」
B-29は静かに旋回を開始し、九州の空を後にした。
搭乗員たちは、今度こそ任務を完遂したと固く信じていた。
だがその背後では、甘味の靄が静かに地上を覆い始めていたことを、彼らはまだ知らない。




