第82話「支援要請 」
昭和20年(1945年)3月26日 サイパン島・米第21爆撃集団司令部
司令部会議室の空気は、張り詰めたまま静寂に包まれていた。
大画面には沖縄本島の航空偵察写真が映し出されている。
陸軍側代表のグラント准将が、沈着に口を開いた。
「──沖縄戦における事前爆撃支援について、手順通り要請を申し上げる」
爆撃集団司令官、カーティス・ルメイ少将は両手を机上に組んだまま、無表情で頷いた。
「要求内容は?」
「主要飛行場、港湾施設、補給集積所の先行爆撃。規模・投弾量は貴官側判断に任せる。もちろん……」
ここでグラントは僅かに言葉を区切った。
「……あまり多くは期待しておりませぬが、各軍それぞれ職務は全うするものと存じますので。」
部屋の空気が微かに震えた。
ルメイの指が机上を一度叩いた。
無表情だった顔に、わずかな怒気が走り出す。
「期待していない……?」
「いや、別に。そちらもお忙しいでしょうから。」
グラント准将は敢えて柔らかく流した。
だが、その柔らかさが逆にルメイの神経を逆撫でした。
「貴官は、我々空軍がおもちゃ遊びでもしているとでも思っているのか?」
ルメイは声を強め、身を乗り出した。
「この数ヶ月、我々が何を積み上げ、何十回訓練を重ねてきたか貴官は理解していない。日々の爆撃精度修正、照準統制演算、気流偏差補正──それを“職務を果たせ”などという言葉で片付けるのか?」
会議室の陸軍幕僚たちは、短気なルメイの爆発に居心地悪そうに視線を交わし合った。
グラント准将は、あくまで落ち着いて答えた。
「我々陸軍も、突撃前に多くの準備を積んでおりますよ。どちらの努力も、結局は爆発の数秒で結果が決まるのです。」
ルメイの目が細くなった。
「貴官ら陸軍は地上を歩き、血を流す。それは承知している。だが、我々は爆撃で敵を圧倒し、その血を減らす努力をしている。我々の爆弾が落ちなければ、貴官らの損害は倍加する。」
「だからこそ支援を依頼しておるのです。ルメイ少将、貴官の部隊の爆弾が実際に火を噴くのを楽しみにしております。」
刺すような皮肉が走った。
ルメイの両拳が無言で机上を握り締めた。
その力が、手の甲に浮かぶ血管を強く浮き上がらせる。
沈黙が部屋を支配する。
やがて、ルメイは低く唸るようにだけ返した。
「──了解した。任務は遂行する」




