第8話「出撃前夜」
1945年3月9日 夕刻、サイパン島・アイランダー基地。
午後の日差しが傾き始める中、ブリーフィングルームには200名以上のパイロットと航法士、爆撃手たちが整列していた。
壇上に立つのは、第21爆撃軍司令官 カーチス・ルメイ少将。
「諸君――」
静けさを切り裂くように、低く重い声が響いた。
「今夜、我々は新たな戦術に基づく最大規模の攻撃を行う。目標は日本の首都・東京。」
パイロットたちの顔が一瞬だけ強張る。
これまでの爆撃は軍需工場が中心だった。だが、今夜は違う。完全な市街地無差別爆撃。都市そのものを消し飛ばす作戦だ。
「敵の迎撃能力は大幅に低下している。高高度の精密爆撃はやめる。今夜は低高度、夜間進入、火災旋風を起こす。」
参謀長のカトラー大佐が横からスライドを操作する。
地図にマーカーで描かれた爆撃経路が表示される。
「侵入高度5,000フィート(約1,500メートル)、爆撃開始は現地時間3月10日午前0時過ぎ。編隊は細かく分散、誘導ビーコンによる経路誘導に従うこと。」
続いて爆弾投下の説明。
弾薬統括官が冷静に語る。
「各機にはM-69焼夷弾を約7トン搭載。投下は風向を考慮して南西から開始、火勢を誘導して火災旋風を誘発させる。気象条件は理想的だ。」
ブリーフィング終了後、格納庫前では乗員たちが機体に乗り込み準備を始めていた。
B-29「Lucky Charm」の搭乗員たちも、その中にいた。
機長のマイケル・コリンズ大尉は、静かにエンジン回りの最終確認をしていた。
副操縦士のサム・リード中尉が冗談交じりに言う。
「いよいよ首都直撃だな。これで戦争も終わるかもしれない。」
爆撃手ジョージ・マクレラン軍曹は苦笑した。
「終わってくれればいいがな……だが今夜は地獄になるぞ、東京にとっては。」
マイケルは無言で計器を見つめ続けた。
心臓が静かに高鳴っている。誰もが、この作戦の重大さを理解していた。
《今夜で、何かが決定的に変わる気がする――》
整備班が最後の確認サインを出す。燃料満載、弾薬完全搭載。準備完了だ。
太陽が地平線に沈み、空は群青色に染まっていった。
それは、戦争の"常識"が終わる夜の始まりだった。




