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甘味戦線 -SWEET FRONT-  作者: トシユキ
戦後世界を見据え
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第77話「読めぬ敵意図」

昭和20年(1945年)3月22日 大本営・皇居地下壕 陸海軍合同会議室


重厚な会議卓を囲み、陸海軍の最高指導部が静まり返っていた。

陸軍参謀総長 梅津美治郎大将を筆頭に、杉山元元帥、参謀次長 河辺虎四郎中将、作戦部長 田中新一少将、海軍軍令部総長 豊田副武大将、海軍次官 井上成美中将、外務大臣 重光葵――

帝国戦局を支える中心が揃っていた。


田中新一少将が静かに報告を始めた。


「──米軍による空襲は依然続行中にございます。3月14日以降、各都市に対しビラと同様に、投弾が継続されておりますが、事実上の戦果は確認されておりません。ビラと甘味を落としているようです」


田中は、机上に置かれた現地回収の米軍ビラを指し示した。


「敵は各都市に対し、焼夷弾の威力を誇示する図解ビラを投下し続けております。しかし──実際の都市は、焼けておりませぬ」


河辺虎四郎中将が眉を寄せた。


「投弾しておるのであれば、当然焼失域は拡大して然るべきだ。火が出ぬとはどういうことか」


「──ここに至り、いよいよ奇妙な事象が確証されつつあります」


田中は資料をめくった。


「先日撃墜されたB-29の残骸調査において、未投下の焼夷弾が複数押収されております。弾体構造・火工品・点火装置──すべて完全な実用品にございます」


豊田副武大将が唸るように低く言った。


「弾薬庫に積み込み、空まで運び、投下可能な状態でありながら……実戦で使用されておらぬ、というわけか」


田中少将は静かに頷く。


「その通りにございます。実戦において、彼らは焼夷弾を一発たりとも使用していない。正確には──使用していれば、当然都市は焼け野原になっていたはずでございます」


杉山元元帥が苛立たしげに吐き捨てる。


「ならば、積んできた理由は何だ。兵站軽視か、示威行為か」


「更に奇妙なのは、同機より回収された貨物区内には、件の“甘味物質”──つまり飴玉や砂糖玉──は一切積載されておりませぬ」


田中はさらに続けた。


「捕虜となった搭乗員に対する事情聴取でも、彼らは“甘味物質の投下”なる任務は一切認識しておらず、明確に狼狽しておりました」


「……つまり」

井上成美中将がゆっくりと整理した。


「彼らは本来、通常の焼夷弾爆撃任務を遂行していたはずだ。だが、投下されたはずの焼夷弾は──なぜか都市上空で焼夷弾として機能せず、別物に変わっているという事になる」


「言い得て奇妙…まこと奇怪にございます」

田中が答える。


「敵搭乗員の意図にも反し、投下後に変質が起きている可能性がございます」


豊田副武大将がゆるく首を振った。


「我々は連日連夜。夢か幻でも見せられているのではないのか…」


「では、何ゆえに米国側はこれを是正せぬ? 同様の投下行動を連日続ける意図が読めぬ」


「意図を問われますれば──我々の側にも確たる答えは持ち得ませぬ」

田中は声を低めた。


「焼夷弾の戦果を狙う作戦にしては、結果が出ず。心理戦にしては甘味物質の投入など意味不明。米国が何らかの新型兵器の実験段階にあるやもしれませぬ」


重光葵が小さく呟く。


「いや──もはやこれは兵器理論を超えた“現象”と呼ぶべきではないのか」


会議室に重い沈黙が降りた。

やがて、梅津美治郎大将が低く結んだ。


「──敵の意図は依然不明。だが奴らが我が国本土に未曾有の異常事象をもたらしている事実は、認めねばなるまい」


会議室内の空気は、さらに重く沈殿していった。



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