表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘味戦線 -SWEET FRONT-  作者: トシユキ
戦後世界を見据え
74/133

第76話「投弾成功」

1945年3月22日 ドイツ上空・ハノーファー南方・第8空軍所属B-24編隊


B-24「リバティ・ベル」機内に、エンジン音が重く響き渡っていた。

上空22,000フィート──曇りがちな春の空を貫き、爆撃編隊が東へと進路を取る。


「目標前方、ハノーファー操車場確認!」

爆撃手のリード軍曹が双眼鏡をのぞきながら叫んだ。


操車場の広大なヤードには、貨物列車が数編成停車していた。

兵站壊滅を狙った今日の攻撃目標だ。


「対空砲火……来ます!」

副操縦士オルセン少尉が低く告げる。


爆撃航路の左右に、黒い綿のような破裂痕──88ミリ高射砲の曳光弾がゆるやかに散らばり始める。

だが、その密度は以前より明らかに薄かった。


「……ずいぶん散発的だな」

リードが眉をひそめた。


「もはや奴らも、まともに撃てる砲弾が足りなくなってきたんだろう」

機長のサム・マクリー大尉が淡々と答えた。


「左舷、弾幕間欠!」

砲手のマニング伍長が報告を上げる。


爆撃高度を維持しながら、編隊は寸分の狂いもなく直進を続けた。

以前なら迎撃に出ていたメッサーシュミットやフォッケウルフの姿も、もうほとんど見当たらない。


「爆撃開始カウント──スタンドバイ!」

リードが息を飲む。


五秒、四秒──


「投弾!」


機体腹部の爆弾倉が開き、鈍重な鉄の塊が一斉に空中へ吸い込まれていった。

500ポンド爆弾群は、点のような姿となって落下を続ける。


わずか数秒後、遥か下方の大地で火柱が上がった。

操車場の中央部で連続爆発が走り、線路が捲れ、貨車が吹き飛ばされていく。


「戦果確認、中央命中!」

リードの声が弾んだ。


編隊は旋回を開始し、爆煙の立ち昇る市街地を左手に捉えた。


「よし──破壊良好だ」

サムが静かに頷く。


「ドイツも、いよいよ終わりに近いな……」


オルセンが安堵の息を吐く。


「しかし奇妙ですよ」


サムがわずか振り向く。


「……ああ、こちらでは爆弾は爆弾だ。太平洋は……噂だが、妙な話も流れてるらしい」


その瞬間、後部銃座から無線が入った。


《こちら後部。敵戦闘機影なし。退避航路クリア》


(完全制空権だ……)


爆撃任務は順調そのものだった。

だが、その順調さが却って不安を呼び込むのは、兵士の常だった。


リードが、ぽつりと呟いた。


「大尉……最近、太平洋が妙だって噂、本当ですか?」


「太平洋?」


「ええ。日本本土で、爆弾が効かなくなってるとか──訳のわからん話が出てるらしいですよ。太平洋戦線が膠着し始めたって」


オルセンが軽く笑った。


「どうせまた与太話さ。今はドイツだ。こっちを片付けりゃ、ようやく家に帰れる──」


だが次の瞬間、言葉を噛み潰したように止めた。


「……いや、違うか。ドイツが片付いたら、今度は俺たちが太平洋送りってやつかもしれんな」


機内が一瞬、重たい沈黙に包まれた。


サムは前方の雲を見据え、静かに言った。


「……頼むから、そうならないでくれよ」


眼下には、まだ煙を上げ続けるハノーファーの廃墟が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ