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甘味戦線 -SWEET FRONT-  作者: トシユキ
戦後世界を見据え
73/133

第75話「奇妙な甘味物資」

1945年3月20日 中国大陸・上海郊外・陸軍支那派遣軍補給司令部


上海郊外の補給集積所に、内地からの大型輸送船団が到着していた。

第2軍補給廠に所属する輸送将校・柘植つげ大尉は、慌ただしく書類をめくりながら積み荷の内容を確認していた。


「……次は甘味物資だと?」


倉庫内では、兵士たちが次々と木箱を積み下ろしていた。

焼印には「内地経由・特別輸送」と押されている。中を開けると──


「これは……砂糖菓子か?」


整然と並んだ金平糖、キャラメル、ゼリー状の塊、粉状の砂糖片。

色も形もまばらで、市販品とは微妙に異なる。


「大尉殿、どういう物資でしょう? こんな大量の甘味、南方でも受け取ったことがありません」


副官の田村中尉が怪訝な顔を向けてくる。


「……内地からの急送品だ。詳細な説明はついていない」


柘植は積荷伝票を睨んだ。

そこには小さくこう記されていた。


『内地空襲地域より回収せる甘味物資、危険検査済、配給転用許可済』


田村中尉が声を潜める。


「空襲地域から? アメリカ軍は本土に、甘味を撒いているのですか……」


「どうやらそうらしい」


柘植は唇を噛んだ。


「既に本土では、この異様な甘味が大量に降っているという報告を聞いた。夜間に昼間だ、今までにないくらいの大規模な空襲があったらしい、しかし…落ちてきたのは大量の飴玉や砂糖玉だったと……」


「何の目的です?」


「分からん。敵の心理作戦だろう、試されているんだよ、我々にはこんなに食料があると見せつけているんだよ。まさに食糧供給を攪乱する新兵器か何かだな……。あるいは何らかの毒物混入も疑われていたが、今のところ危険性は確認されていないらしい」


田村は苦笑した。


「敵は甘味で降伏を促そうとでも?」


「最終国防圏内まで攻めとられ…なめられたものだな──」


別の倉庫では、既に配給試験を受けた兵士たちが小箱を開けていた。

甘味の香りが漂い、飢えた兵士たちは歓声を上げている。


「すげえ……こんな甘い飴、いつ以来だ……」


「このゼリー、内地でも食ったことがねえぞ」


「貴様ら! 配給許可前に口に入れるな!」

憲兵が怒鳴ったが、満たされぬ前線の空腹はそれすら抑えきれなかった。


軍医たちは隣室で淡々と分析を続けていた。

糖分、成分は純度の高い砂糖系統──特に異常物質の混入は発見できない。

検査結果が報告書に並ぶたび、却って疑念は膨らんでいった。


(本当に、爆弾の代わりに甘味を撒いているのか?──いや、何か意図があるはずだ)


柘植は静かに呟いた。


「……常識では測れぬ戦争になりつつある。敵の狙いが、我々にも分からなくなってきた」


「何か変わりますか…」


田村もまた、半ば冗談のように、だがどこか不気味さを帯びた声で言った。


遠くで、荷役兵たちが笑いながら砂糖玉を頬張っている。

不気味な「甘味戦線」の影は、静かに大陸戦線にまで浸透し始めていた。

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