表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘味戦線 -SWEET FRONT-  作者: トシユキ
戦後世界を見据え
71/133

第73話「心理戦の提案」

1945年3月16日 14時02分 サイパン島・第21爆撃集団司令部作戦会議室

分厚い防音扉が閉じられると、作戦会議室には重苦しい沈黙が流れた。

カーティス・ルメイ少将は正面の椅子に腰を下ろし、葉巻に火をつけた。

その前には、作戦参謀、情報将校、心理戦担当官、航空写真分析官らが整列している。


「状況は変わらん。」

ルメイが開口一番に切り出した。


「高高度、低高度、爆弾種、誘導法──いずれも爆発しない。目標は無傷のままだ。原因は依然不明だ。」


誰も反論はできなかった。


「だが──作戦を停止するわけにはいかん。そこで、今日の議題だ」


視線が心理戦担当のモリソン少佐に集まる。


少佐はやや緊張しながら、手元の資料を掲げた。


「閣下、ご提案申し上げます。現状、実戦火力では敵の工業力破壊は困難です。ですが──心理的圧力は依然として活用可能です」


「……具体的に言え。」


「ビラの投下拡大を提案します。既に小規模に実施されている降伏勧告ビラの形式を改訂し、次回爆撃予定都市を名指しで列挙し、避難勧告を発する。これにより敵民心を直接揺さぶります。」


モリソンは次いで、別の書類を掲げた。


「さらに今回は──実際の焼夷弾の写真と威力説明 を添付します」


写真には、M69焼夷弾の分解図、着弾後の通常燃焼写真が鮮明に収められていた。

米軍試験場で撮影されたものだ。


「米国が保有する兵器の破壊力を視覚的に認識させ、敵戦意を挫く狙いです。特に民間人の避難行動を促し、敵政府への圧力となるでしょう。」


参謀長のベネット大佐が顔をしかめた。


「少佐、それはやり過ぎではないか? 日本人は女性も子供も多く都市に残っている。都市丸ごと焼き払う予告文書を撒くとは、あまりに非人道的だ」


「彼らは既に真珠湾を攻撃しました。我々に同情する必要はない。」

情報部長ハドソン中佐が冷たく言い放つ。


だが、もう一人が重く言葉を継いだ。作戦参謀ローレンス中佐だった。


「閣下──今後戦後処理を考慮すれば、こうした文面は後々国際法上の批判材料になりかねません。無防備な市民に対する"焼夷弾の予告"とは──戦争犯罪と主張される危険性もございます」


その言葉に、一瞬、会議室が静まった。


ルメイは無言で葉巻の先を見つめた。

煙がゆらりと天井へと昇っていく。


(……だが、私は何もできていない)


3月10日から、すべてが狂い始めた。

原因は不明、効果は出ず、上層部は次の戦果を要求している。

その中で、代替策を拒否する理由は──もはや存在しなかった。


そして、ルメイは思考の奥底で独白した。


(──この紙面に載せる内容は、本来なら日本人には骨身に沁みているはずだ。3月10日、東京の上空から我々が何を落としたのか──奴らは嫌というほど知った)


(だが、実際はどうだ? 家一軒、焼くことすらできていない)


(爆発しない爆弾ほど、威力が不鮮明なものもないだろう。敵がこの写真と威力図を見て、本当に恐怖するのか──それすら分からない)


「……やる。」


静かな声だった。だが全員が息を呑んだ。


「今、我々が手にできる唯一の効果だ。戦果が出せぬなら、せめて心理的圧迫を与える。市民が避難し、日本政府が動揺すれば、それも作戦成果だ。」


ベネット大佐が食い下がる。


「閣下、ホワイトハウスへの報告は──」


「私が責任を取る。」


ルメイはきっぱりと断じた。


「文面はモリソン案を採用。ただし"避難を勧告する"との文言は残せ。"我々は次の都市に爆弾を投下する"。焼夷弾の威力を明示し、警告として機能させる。」


静まり返った会議室に、ペンの走る音だけが響いた。


(何もできぬよりは、動かねばならぬ)


葉巻の煙の向こうに、ルメイは己の責務を見据え続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ