第72話「消えた戦果」
1945年3月16日 10時12分 サイパン島・第21爆撃集団司令部
サイパン島──
作戦司令部の空気は重苦しかった。
カーティス・ルメイ少将は、机上の電文を見下ろしていた。
《至急、次期作戦計画案の提出を要請する。大統領閣下も状況の打開を強く求めておられる。》
アーノルド大将の署名。既に三度目の督促だ。
本国の統合参謀本部、ホワイトハウス──皆が苛立っている。
(だが、こちらには説明のしようがない)
葉巻に火をつけ、煙をくゆらせながら、ルメイは思考を巡らせる。
頭から離れないのは、3月14日。自ら指揮官機に搭乗し大阪空爆に臨んだ日だ。
あの日も、投下計画は完璧だった。
高度約一万メートルから、M69焼夷弾と500ポンド爆弾を予定通り投下。
投弾手順は正常、風力修正も許容範囲内。照準装置も異常なし。
だが、異様だったのはその直後だった。
「……爆発が起きない」
搭乗員たちが誰ともなく口にした。
爆風は上がらず、火柱も見えない。通常なら地表から上がる黒煙も確認できなかった。
無線には各機から「目標区域、発火確認できず」と次々に報告が入った。
帰還後、直ちに偵察機を派遣し撮影させた。
翌日届いた航空写真は、ますます事態を不可解にした。
──大阪市街は、焼失していなかった。
目標工場群、住宅街、鉄道網──大半が原形を留めたまま、静かに広がっていた。
高温焼夷弾を数千発投下しておきながら、この結果は説明不能だった。
整備班は弾薬を再検査した。
貯蔵中の弾薬も、試射場の実験弾も──すべて正常に爆発する。
「総司令官……」
副官のウォーレス中佐が入室し、声を低くした。
「アーノルド大将が回線でお待ちです」
ルメイは黙って頷き、受話器を取る。
すぐにアーノルドの冷静な声が響いた。
《ルメイ、報告は受け取った。君の現地判断も理解している。だが、次の目標提示が遅れている》
「大将──。爆撃作戦は実行しています。しかし、爆発が発生しておりません。延焼もありません」
《整備不良か? 兵器不良の可能性は?》
「整備は万全です。投下管制、投弾高度、風速修正──すべて正常。焼夷弾も高性能爆弾も、投下直後に空中爆発もしていません。単に……爆発が起きないのです。これは私がこの目で確認してきました」
《着弾地点ではどうなっている?》
「──そこが問題です。高度からは詳細を確認できませんでした。偵察写真でも破壊痕が極端に少ない。地上で何が起きているのか、未だ把握できておりません」
《敵が何か妨害手段を使っているのか?》
「電磁波妨害も考慮しました。しかし当該地域の爆撃時、電子機器の異常は一切確認されていません。爆弾を無効かする電子装置など非科学的すぎます…敵戦闘機や高射砲によるわが軍に被害が発生しました。気がかりなのは、報告書の通り、敵新型戦闘機が化け物のような防御力をもっており12.7㎜機銃をもってして銃弾が効いていないような印象を持ちました。」
《……理解した。だが、状況が動かない以上、我々は作戦行動を止めるわけにはいかん。》
アーノルドの声は淡々と続く。
《次期攻撃対象を示せ。政治指導部も作戦継続を望んでいる》
ルメイはわずかに眉を寄せた。
合理主義の軍人として、説明不能の現象に対する苛立ちは日々増していた。
「……48時間、時間をいただきたい。参謀班と検討の上、計画を提出します」
《よろしい。ホワイトハウスも君の動きを注視している》
無線が切れた。
室内に再び静寂が戻る。
(爆弾は確かに落ちた──だが、爆発しない)
もはや整備不良の域ではない。
何らかの外的要因──それも、現代科学の想定を超えた現象が戦場に介在している。
机の隅に置かれた偵察部隊の報告書を、ルメイはじっと見つめた。
そこには──ハワイの無線傍受班からの報告書、日本側が奇妙な“落下物”を回収している可能性がある、と断片的に記されていた。
だが、それが何であるのかまでは記載されていない。
(どうすれば爆発するんだ──)
葉巻の煙が、静かに揺らいで消えていった。




