第71話「ワシントン・ホワイトハウス 大統領執務室」
1945年3月17日 午前――
ワシントンD.C.・ホワイトハウス 大統領執務室
春の冷たい陽光が窓の隙間から差し込んでいた。
執務室の重厚な扉が静かに閉じられる。
フランクリン・D・ルーズベルト大統領は、分厚い資料の束に静かに目を通していた。
老いた指先が一枚ずつ書類を繰る音だけが部屋に響く。
マーシャル陸軍参謀総長が報告を始める。
「閣下、欧州戦線の最新状況です。」
「我が軍は先週ライン川を完全突破。パットン第3軍がドイツ中部へ侵攻中。」
「ソ連軍もオーデル川まで接近しつつあります。」
ルーズベルトは短く頷いた。
「……ドイツは、もはや時間の問題だ。」
「ヒトラーは自壊寸前にある。」
マーシャルが声を抑えて続ける。
「その通りです、閣下。ですが――」
「問題は太平洋です。」
海軍作戦部長キング元帥が口を開く。
「硫黄島は依然、完全制圧に至らず。」
「東京空爆も3度の大規模爆撃を実施したものの――戦果は極めて奇妙な報告が続いております。」
ルーズベルトの眉が僅かに動く。
「奇妙な報告……?」
キングは困惑した表情で続けた。
「焼夷弾による市街壊滅が確認されず、火災延焼も限定的。原因は現在不明。」
「陸軍航空軍ルメイ少将より現地直電がありましたが――"兵士たちにも説明がつかぬ状況" とのこと。」
マーシャルが補足した。
「更に硫黄島地上戦では、敵兵が撃たれても倒れないという報告が急増。」
「夜間切り込みで被弾しても敵が突進してくるとの報告です。」
ルーズベルトは長く静かな息を吐いた。
「……まるで、戦争そのものが何か狂い始めているかのようだな。」
誰もが無言のまま、沈黙に包まれる。
ルーズベルトはゆっくり目を上げた。
「だが、我々は前に進むしかない。」
「欧州が終われば、全力を太平洋に注ぎ込む。」
「日本は、必ず屈服させる。」
窓外には、春の柔らかな陽光が静かに広がっていた――
だがその光は、大統領の胸中を照らすものではなかった。




