第70話「硫黄島沖・海軍艦上会議」
1945年3月16日 午前――
硫黄島沖・米海軍第5水陸両用部隊旗艦「エルドラド」艦内作戦室
海面のうねりがわずかに艦を揺らす。
その揺れに合わせるように、艦内司令部の空気もまた重苦しかった。
「……報告を続けろ。」
リッチモンド・K・ターナー中将が低く促す。
幕僚のギャレット大佐が淡々と戦況を読み上げる。
「閣下。3月10日以降、戦線は依然として硬直。」
「夜間斬り込みによる日本軍の逆襲は継続中――小隊単位での死傷は日々発生しておりますが、敵戦死体の確認例は極端に少数であります。」
参謀のバード中佐が声を荒らげた。
「当初は一週間で島を落とす予定だったはずだ!」
「すでに1ヶ月近く消耗している……こんなはずじゃなかった!」
ギャレット大佐も眉をひそめる。
「敵の遺体回収は、前線進出区域のみ。多くは斬り込み撃退後、ナイフや殴打による遺体のみを確認、銃弾やその他による遺体は確認されていないとの事。」
「爆撃・火炎放射による攻撃が敵に効いていないというのは、不自然な件数が重なりすぎております。」
バード中佐はさらに苛立つ。
「そもそも敵は撃たれても斃れない、という現地報告が頻発している!」
「銃弾が逸れているのか、通り抜けているのか、それすら把握不能だ。」
その時、通信将校が新たな急報を持参する。
「閣下、空軍本部アーノルド将軍より催促信文です。」
ギャレット大佐が読み上げた。
「P-51護衛戦闘機部隊――前線飛行場の早期確保・移管を強く要求。」
「東京攻撃継続に支障発生中、硫黄島滑走路使用が至急必要とのこと。」
バード中佐が爆発寸前に叫ぶ。
「空軍は現場を知る気がないのか!?」
「毎晩味方が斃れている現場で、やれ滑走路寄越せとは……!」
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。
やがて、ターナー中将が静かに口を開く。
「……当初想定を、遥かに超えているな。」
「我々は確かに敵兵を撃っている。だが遺体は出ず、火砲も効かず……」
「――これはもはや、通常の戦闘理論では説明がつかん現象だ。」
幕僚たちが言葉を失ったまま、ただ顔を見合わせる。
硫黄島の海上には、依然として遠く断続的な艦砲の轟音がこだましていた――。




