第65話「東京下町・飴玉拾いの町人たち」
1945年3月15日 午前――
東京・本所下町
春の空の下、下町の路地はいつも通り活気に溢れていた。
だがその片隅には、戦時下とは思えぬ奇妙な光景が広がっていた。
「あいよ、こっちにもまだ落ちとるぞ!」
「おーい、バケツ持ってきてくれ!」
町内の男たちがせっせと飴玉拾いに精を出している。
道端、屋根の隅、排水溝の脇――
先日の空襲でばら撒かれた砂糖菓子が、まだあちこちに転がっていた。
「軍医部からも通達きたで。」
一人の若旦那が報告を口にした。
「体調異常なし。毒物の心配もなし、やとさ。」
「ほぉ、そりゃよかった。」
隣の八百屋の親父が笑った。
「せやけど……砂糖やてなぁ……。」
「わしら甘いもん何年ぶりやろうか。」
一人の子供が拾ったばかりの金平糖を口に放り込む。
「んまい!」
少年は無邪気に笑った。
「あぁ……ええ時代ならなぁ……」
年配の職人が溜息まじりに呟く。
「これ、ちゃんと加工して溶かしゃ備蓄砂糖や。」
「町内会で精製所まで持ってったやつもおるで。」
「砂糖統制中やけんど、これは拾いもんや。」
「備蓄しときゃ配給よりマシやからのぉ。」
その時、表通りから男の声が飛び込んできた。
「おい、大阪でも飴玉降ったらしいぞ!」
「ほんまかいな?」
「ああ、間違いないらしい。」
「アメリカの奴ら、ほんま贅沢やで。」
「砂糖を雨みたいにばらまく国が勝手に世界を焼こうちゅうんやから、笑ろてまうわ。」
路地裏に、妙な皮肉交じりの明るさが漂った。
「まぁ……降るならまた降ってほしいわ。」
「次は何味がええやろな?」
町人たちは苦笑しながら、今日もまた飴玉を拾い集め続けていた――。




