第64話「ルメイ司令の決断」
1945年3月14日 午後――
サイパン島帰還航路・B-29司令機内
高空を滑る銀色の機体の中。
ルメイ少将は操縦席後方の簡易指揮席で、無言のまま窓外を眺め続けていた。
副官のサイモンズ大尉が、気まずそうに報告書類をまとめていた。
「閣下……本日の爆撃は投弾自体は成功、しかし……」
「戦果は……ゼロです。」
ルメイは口を真一文字に結び、低く呟いた。
「……私の目で確認した。」
「大阪は燃えていなかった。」
「なぜ爆弾が爆発しないのか……」
「なぜ東京も名古屋も、同じ現象が続いているのか……」
サイモンズが困惑した声を絞り出す。
「弾薬管理班、整備班、照準手、すべての手順は正常確認済みです。」
「今朝の試射投弾でも正常に爆発しました……」
ルメイは目を細め、天井を見上げた。
「……自然現象なのか、敵の新兵器なのか、神の介入なのか……」
「どの説明もつかん。」
沈黙が落ちた。
機内は、遠く唸るエンジン音とわずかな振動のみが響いている。
やがて、ルメイは静かに右手を上げた。
「当面、広域焼夷爆撃は――中止する。」
サイモンズが驚愕して顔を上げた。
「……中止、ですか?」
ルメイの声は鋭く続く。
「このまま無意味に機材と兵を失うわけにはいかん。」
「別のアプローチを検討する。 これは通常の戦争ではない。」
サイモンズは小さくうなずいた。
「……承知しました、閣下。」
ルメイはさらに低く呟いた。
「……だが、必ず原因は突き止める。」
「必ずだ。」
司令機は静かにサイパン島へ帰還しつつあった。
異常な戦争は、なおも正体を見せぬまま続いていく――。




