第63話「山裾のB-29生存者、砂糖の森へ」
1945年3月14日 午後――
大阪市南部郊外・生駒山西斜面
銀色の巨体は山裾を薙ぎ倒して不時着していた。
胴体は裂け、翼は折れ、尾翼は崩落――だが火災は免れていた。
静かな森の中、4人の搭乗員が機体から這い出した。
操縦士バーンズ大尉、副操縦士ハミルトン中尉、射撃長ドノバン軍曹、通信士ウェブ兵長。
「……生きてるとは、思わなかったな……」
バーンズが息を整えながら呟いた。
その時――
「おい、これ……なんだ……?」
ドノバン軍曹が足元を指さした。
そこには信じがたい光景が広がっていた。
飴玉、キャラメル、金平糖、砂糖菓子――
カラフルな甘味が、一面に絨毯のように広がっている。
ウェブ通信士が恐る恐る拾い上げた。
「まさか……ここは山だぞ?」
「なんでこんなものが落ちているんだ……」
ハミルトン中尉は困惑を隠せない。
「あり得ない……まるで日本軍が防空のために菓子を撒いたかのようだ……」
目に見える飴玉やキャラメルはどうみても、新鮮に見える。
「日本人はどうなってる……資源不足じゃなかったのか?」
その時、ドノバン軍曹がふと手に取った砂糖粒を、躊躇いながらも口に含んだ。
「……ん……」
数秒間、口の中で甘味が広がった。
そして彼は小さくうなずいた。
「……これは……間違いなく飴だ。」
「完全に砂糖だ。」
全員が顔を見合わせた。
現実味を欠いた戦場の異常に、誰もが言葉を失っていた。
やがてバーンズ大尉が口を開いた。
「……理屈は後だ。」
「今の我々に必要なのは水と糖分だ。逃げ延びるためには拾って持ち運ぶしかない。」
彼は素早く飴玉をポケットへ詰め込んだ。
「各自、拾えるだけ拾うんだ、できるだけたくさん持て!」
「こんな戦争、まったく理解不能だが……我々は生き延びねばならない。」
短い沈黙の後、全員が無言で飴玉やキャラメル菓子等をかき集め始めた。
甘味の絨毯を踏みしめながら、必死に生存のための荷物を整えていく。
その光景は誰が見たとしても、戦場とは程遠いほど滑稽に思える。
準備が整った時――
バーンズは最後に燃料缶を機体中心へ注ぎ込み、火種を落とした。
ボオォォ――ッ!
銀色の巨体は黒煙を上げ、炎に包まれていく。
「……行こう。」
「我々は――必ずアメリカに帰還する。」
4人は静かに山中奥地へと歩を進めていった。
背後には、燃え盛るB-29と、なおもキラキラ輝く飴玉が無数に転がっていた――。




