第61話「投弾完了」
1945年3月14日 午前10時47分――
大阪市上空・B-29「スーパーフォートレス」先頭機
「全弾投下完了!」
爆撃手が報告を上げた。
「投弾装置作動正常、予定量すべて消化!」
機内に一瞬だけ安堵の空気が流れた。
「進路変更、離脱コースに移行します!」
操縦士が叫び、重々しい機体が旋回を開始する。
だが、ルメイの眉間は未だ深く寄ったままだった。
彼は投下直後の大阪市街を食い入るように睨み続けている。
昼間の直視。
これこそ自ら搭乗した理由だった。
焼夷弾6000本が投下されれば、即座に市街地は業火に包まれるはず――
だが。
「……炎が、上がらん……」
ルメイは低く呟いた。
大阪市街は、まるで何事も起きていないかのように、静かに広がっていた。
瓦屋根、防火槽、木造家屋。
煙も上がらず、火柱も生じない。
「照準誤差か?……そんなはずはない。晴天、無風、精密投下――」
副操縦士が震えた声を漏らした。
「閣下……命中は間違いなくしてます……」
「なのに……燃えません……」
機銃手席からも困惑の報告が上がる。
「火災確認ゼロ……信じられません!」
「爆発確認も……無し!」
無線機が別の僚機の声を拾った。
「こちら第5群。市街地への延焼確認できず!」
「……一体、何が起きてる……?」
ルメイの口元が微かに震えた。
「まただ……」
「東京も、名古屋も、そして……大阪も――」
彼は唇を噛みしめながら吐き出した。
「……悪夢か?これは……」
昼の光の下で焼夷弾は、何も生み出さず、ただ静かに消えていった。
サイパン帰還への長い航路が、静かに始まろうとしていた――。




