第60話「大阪の空と小さな金平糖」
1945年3月14日 午前10時45分――
大阪市・阿倍野区 路地裏の防空壕前
空襲警報は既に鳴り響いていた。
だが、少年たちは防空壕の中にじっとしてなどいられなかった。
「おい、もう始まっとるで!」
木村正夫(小学五年生)は、防空壕の隙間から空を見上げながら声を弾ませた。
「兄ちゃんも、あの飛行機に乗ってるんや!」
彼は小さな胸を張って誇らしげに言った。
「飛燕いうんやぞ。すごいねんで。ゼロ戦より速いんや!」
横にいた同級生の西川が目を輝かせた。
「ホンマか!?おまえの兄ちゃん、ほんまに乗ってんのん?」
「ほんまや!兄ちゃん、昨日から言うてたわ。」
上空では、銀色のB-29が列をなして侵入してきた。
その周りを小さな点のような飛行機群――日本軍戦闘機が懸命に食らいついていた。
「うわあ、かっこえええ!!」
「おっちゃんが言うてた!アメリカの大きい飛行機や!」
「兄ちゃん、やったれー!!」
子供たちは拳を握りしめ、空へ向けて叫んだ。
「行けぇ!やっつけたれー!!」
「落とせー!!兄ちゃん、がんばれぇ!!」
その時、銀色のB-29の腹部から何かが次々と落ちてくるのが見えた。
「なんか降ってきたぞ!」
「爆弾やないんか!?逃げろ!」
だが子供たちはすぐに走り出さず、そのまま頭上を仰いだ。
パチン――
正夫の頭に何かが軽く当たった。
「いてっ……?」
足元に転がったのは、小さな金平糖だった。
淡いピンク色の、それは見慣れた砂糖菓子だった。
西川が目を丸くした。
「え……あれ爆弾やないんか?砂糖玉やんか?」
「なんで……?」
空からはまだ次々と金平糖の粒が降ってきた。
やがて路地の隅にもカラカラと転がり始める。
「兄ちゃん……なんや、これ……?」
正夫は空を見上げたまま、小さく震えながら呟いた。
上空では、銀色の要塞たちがなおも悠然と進撃を続けていた――。




