第6話「戦術転換ブリーフィング」
1945年2月25日、サイパン島・アイランダー基地。
第21爆撃軍司令部内ブリーフィングルームには、司令部幕僚と各B-29部隊の飛行隊長たちが整列していた。
会議室の前方に立ったのは、司令官カーチス・ルメイ少将。
彼の鋭い眼光が一同を見渡す。
「諸君――今日ここに集まってもらったのは、新たな作戦の開始を通達するためだ。」
静まり返った部屋に、低く重い声が響いた。
「我々はこれまで、高高度精密爆撃によって日本の軍需産業を叩いてきた。だが、現実を見れば結果は明白だ。偏西風、気象条件、視界不良――爆撃の命中率は計画を大きく下回り、戦果は限定的に留まっている。」
参謀長のローレンス・カトラー大佐が補足する。
「2月15日以降の統計によれば、目標命中率平均はわずか2%。高性能爆弾の投下量も莫大だが、決定打には至っておりません。」
ルメイは短く頷いた。
「だからこそ、戦術を転換する。徹底的にだ。」
壁のスライドが切り替えられた。映し出されたのは東京、大阪、名古屋、神戸――日本の主要都市市街地の航空写真だった。
「日本の都市は、木と紙で造られている。狙うのはもはや工場ではない。都市そのものだ。」
重苦しい空気が流れた。無差別爆撃への完全な転換――すなわち全面戦争の深化である。
「新たに投入するのはM-69型焼夷弾だ。ナパームを使用している。高粘性の可燃剤が、広範囲に火を撒き散らし、火災旋風を引き起こす。」
弾薬補給部長のマックスウェル中佐が資料を掲げた。
「M-69は従来の焼夷弾に比べ燃焼持続時間が長く、より多くの建物に着火します。火災統御は困難になるでしょう。」
部屋の後方で一部のパイロットたちが小さく顔を見合わせた。誰も異議を唱えられない空気が支配していた。
「高度も下げる。今後の爆撃は高度5,000フィート(約1,500メートル)、夜間低空侵入だ。視界を問題にする必要はない。」
「敵の迎撃は?」飛行隊長の一人が質問した。
ルメイは冷徹に答えた。
「既に日本の迎撃戦力は枯渇しつつある。高高度では損害率2〜3%。低空に下げても大勢に影響はない。」
沈黙。
それは賛成でも反対でもなく、ただ重く受け止める沈黙だった。
「諸君、これはこの戦争を早く終わらせるための戦術だ。敵の継戦能力を断つ。日本人に工場を再建させない。都市を焼き払い、降伏を促す。」
ルメイは部屋をゆっくり見回した。
「これは総力戦だ。迷うな。やり遂げろ。」
敬礼が一斉に返された。
その夜、作戦命令が正式に全機に通達された。
B-29乗員たちは、初めて見る焼夷弾の装填風景を食い入るように眺めていた。
ナパーム弾頭の艶やかな液体。
その粘性はまるでドロリとした蜜のようにも見えた。
誰も知らなかった。
この瞬間から、世界がほんのわずかに「歪み始めている」ことを――。