第58話「大阪上空・最後の葛藤」
1945年3月14日 午前10時43分――
大阪市上空・飛燕戦闘機 吉村中尉搭乗機
吉村中尉の飛燕は、銀色のB-29編隊の腹下へ滑り込んでいた。
照準は完璧だった。だが――
カチン――
最後の20mm砲弾が薬莢と共に排出された。
計器盤の残弾ランプが赤く灯る。
「……弾切れ、か。」
酸素マスク越しの乾いた息が耳に反響する。
撃ち尽くしてなお、あの巨人は悠然と進んでいる。
その瞬間、右斜め上方で白光が閃いた。
僚機が敵編隊へ――体当たりしていた。
「高木……!」
高木伍長の飛燕がB-29の右翼付け根に突っ込み、爆炎が巻き上がる。
絡み合った機体は火球となり、黒煙を吐きながら落下していった。
「……畜生……命まで投げ出しやがって……!」
だが――
それでもB-29の残存編隊は揺るがなかった。
ルメイの乗る先頭機は、既に大阪市中心部上空へ突入している。
腹部爆弾倉がゆっくりと開いていくのが、くっきりと視認できた。
吊り下げられた焼夷弾群が、不気味に揺れている。
吉村の視線は、自然と眼下の大阪市街へと吸い寄せられていた。
瓦屋根、防火水槽、木造長屋――
そのどこかに両親の家がある。
拳に全身の力を込めて操縦桿を握り潰す。
怒りが込み上げた。
「……大阪を、燃やされてたまるか!!」
あの爆弾が落ちれば――
家も、家族も、全てが火の海だ。東京も名古屋も関係ない。
ここは、俺の故郷だ!
吉村は操縦桿を反射的に引いた。
だが弾はない。速度も追いつかない。燃料も残り少ない。
何もできない現実が、喉を締め付けるように圧し掛かる。
爆弾倉内部では、ゆっくりと電磁解放装置が作動し始めていた。
「……まだだ……まだ何か、俺にできることは――!」
だが空は、異様な静寂と緊張感に包まれていた。
爆撃開始まで――数秒前。




