第54話「ルメイ搭乗決断:大阪作戦へ」
1945年3月13日 午後――
サイパン・第21爆撃集団司令部
重苦しい沈黙が作戦会議室を支配していた。
ルメイ少将は、窓の向こうに停泊する無数のB-29の銀翼を無言で見つめていた。
その手元には、直近3日間の戦果報告書が積み上がっていた。
「東京、名古屋、再び東京……」
ルメイは低く呟く。
「出撃数合計800機超、投弾量1万トンを超えて……」
「延焼確認ゼロ。爆発報告皆無。」
参謀たちが固唾を飲む中、ルメイは報告書を一枚一枚めくっていく。
高射砲による損害報告。戦闘機迎撃による僚機喪失。
墜落機の番号が冷たく並ぶ。
しかし――それに対する「戦果」の欄は常に空白のままだった。
参謀のケラー中佐が恐る恐る口を開いた。
「閣下……現場では投弾自体は正常と確認されております。だが……現象の説明は、未だ――」
「……できん。」
ルメイが低く切り返した。
「整備不良も違う。装填不良もない。高度も低高度高高度両方試した。」
「それでも――燃えん。」
作戦幕僚の一人が慎重に進言する。
「……ハワイの情報傍受班でも、火勢報告が極めて限定的との分析が上がっております。日本側も困惑している模様です。」
「名古屋ではむしろ、我々の撃墜損害が増しております。」
ルメイは静かに、深く息を吐いた。
額に手を当て、無言のまましばらく沈黙した。
そして――ゆっくりと顔を上げた。
「――次の目標を変更する。」
参謀たちが身じろぎする。
「大阪を叩く。」
ざわめきが広がる中、ルメイはさらに言葉を続けた。
「そして……昼間に行う。」
室内の空気が凍った。
ケラー中佐が声を震わせる。
「昼間……ですか?閣下、それは……」
「高射砲と戦闘機の迎撃リスクは夜間よりも格段に跳ね上がります!」
「空中戦損耗がさらに悪化する恐れが――」
ルメイはゆっくりと歩み寄り、全員を見回した。
「夜では確認が取れん。」
「我々は3日間、夜陰に紛れて投弾したが……それでも何も燃えない。暗闇ではこの異常が分からぬ。」
「ならば――昼間に目視で直接確認する。」
副官が緊張しながら進言する。
「では……司令部観測機を随伴させましょうか?」
ルメイの目が光る。
「違う。私が直接乗る。」
一斉に驚愕の声が漏れた。
「閣下自ら出撃を――?」
「無謀です!指揮中枢を危険に晒すなど――」
だがルメイは一歩も引かなかった。
「戦果なきこの戦争を、このまま繰り返す訳にはいかん。」
「原因不明なら、この目で見極めてやる。」
「その覚悟がなければ、指揮官など務まらん。」
幕僚たちは押し黙った。
誰もこの強硬な男を止めることはできなかった。
「明朝、出撃準備完了。第1波は私が搭乗する部隊が率いる。」
「大阪を焼き尽くす。――今度こそ。」
その言葉は、室内の誰よりも重く静かに響き渡っていた。
サイパン島の湿った風が、静かに窓を揺らしていた――。




