第51話「マニラ・マッカーサーの憂慮」
1945年3月12日 午後――
フィリピン・マニラ市内 南西太平洋方面軍司令部
まだ爆撃と砲撃の傷跡が残るマニラ市街地。
その一角、高台の南西太平洋方面軍司令部に、最新の作戦報告が届けられていた。
マッカーサー元帥は執務机の前で書類を受け取った。
報告書の封を切ったのは、参謀長のサザーランド中将だった。
「閣下、サイパンの第21爆撃集団より作戦予定が上がっております。」
「名古屋攻撃は完了。既に次回作戦準備へ移行中――3月13日夜間、再び東京大規模空襲を実施予定です。」
「総出撃機数は300機以上、低高度侵入戦術継続、投弾は焼夷弾主体、ただし一部通常爆弾も混載に切り替えた模様です。」
マッカーサーは報告を静かに聞きながら、卓上の日本列島地図をじっと見つめていた。
その手元には、ここ数週間の空襲計画と同時に、別系統から上がってきた海軍情報部経由の断片的報告も置かれていた。
「……また東京か。」
マッカーサーは低く呟く。
サザーランドが少し身を乗り出して補足する。
「閣下、海軍情報部より付随報告がございます。」
「現場詳細は確認困難ながら、名古屋・東京両市において、焼夷効果が本来の想定ほど現れていない――という分析が水面下で流れ始めております。」
「理由は不明、爆薬不良とも異常気象とも噂されています。」
マッカーサーは静かに目を閉じた。
「爆弾は落ち、だが燃えぬ、か……。原因不明の現象など、戦争ではつきものだ。」
「だが――」
しばし沈黙が流れた。
やがて彼はゆっくりと椅子に深く腰掛けた。
「サザーランド、我々はやがてこの日本列島に進駐せねばならん。」
「焦土と瓦礫だけが残る国家を、誰が治めるのだ?」
サザーランドが慎重に応じる。
「現状、アーノルド大将は殲滅戦を継続中です。ルメイ少将も徹底殲滅方針を固めております。」
「しかし、閣下の懸念はよく理解しております。」
マッカーサーの声には珍しく苛立ちが滲んだ。
「私は軍人である。敵を倒すことに異論はない。フィリピンを奪還するまで、私にも確かな恨み辛みがなかったかと言えばウソだ。」
「だが、破壊の果てに民族憎悪が積み重なれば――」
「その先にやってくるのは、ソ連だ。共産主義だ。」
彼は窓の外の海を見やった。
「日本がソ連の傀儡になれば極東は一気に火薬庫と化す。大統領がどう考えているかは知らんよ。我々は軍人だが、先を見通す目も養わなければならない。次の戦いに備え、焦土に種を蒔くのは共産党だろうと私は確信をもっている。」
「そうならぬように、我々は戦いの後に秩序を築かねばならぬのだ。」
サザーランドは軽く頷くのみだった。
二人の間に、占領統治を巡る複雑な思惑がすでに交錯していた。
その遥か北、サイパン基地では――
今夜もまた、銀翼の列が静かに出撃準備を整えていた。