第5話「地獄の硫黄島」
1945年2月19日、硫黄島沖合。
灰色の艦砲射撃が小さな島を容赦なく叩き続けていた。
「第5海兵師団、上陸開始!」
海上輸送艦の甲板で、ウィリアムズ伍長は息を呑んでいた。
硫黄島――黒々とした火山灰の島が目前に広がっている。
「まるで地獄に突っ込むみてぇだ……」
隣の兵士がつぶやく。
すでに艦砲射撃は72時間続けられ、空母艦載機も爆撃を繰り返してきた。だが島は沈まなかった。あらゆる洞窟と地下要塞が生き残っていた。
波間に揺れる上陸用舟艇が次々と浜辺に突進していく。
その瞬間――
バシュッ! バシュッ!
地面が爆裂し、猛烈な銃撃が降り注いだ。
火山灰の砂浜に突っ伏しながら、ウィリアムズは叫ぶ。
「伏せろ!機関銃座だ!くそっ、奴ら生きてやがる!」
島内の地下壕では栗林忠道中将が冷静に指揮していた。
「敵は予想通り艦砲を終えて突撃してきた。我が陣地はまだ健在だ。焦らず持久せよ」
日本軍守備隊は徹底した地下陣地を築き、次々と敵兵を迎え撃つ。
「米軍は数は多いが、地形は我に利ありだ」
数日後――
アンダーソンはサイパンから派遣された戦略視察官として前線指揮所に立っていた。
「これが硫黄島……」
彼の視線の先には、砲煙に包まれた荒野が広がる。
死傷者の数は日ごとに膨れ上がっていた。
米軍幕僚が呻くように言う。
「地上戦は想像を超える激戦だ。こんな島で、これほど守備が固いとは」
「予想以上です。彼らは地下に潜んでいる」
アンダーソンは答えたが、心中では別の思いが渦巻いていた。
《これが、このまま日本本土に拡大されたらどうなる……?》
彼はすでに知っている。
このあと東京、名古屋、大阪、神戸が焼け野原になる未来を――。
《私は、まだ間に合うのか……》
3月に入ると戦況は泥沼化していた。
米軍は島の北部を掌握しつつあったが、日本守備隊の抵抗は続く。
3月10日が近づいていた。
その先には――
アンダーソンは硫黄島の黒煙の向こうに昇る月を見上げていた。