第49話「怒れる帰還」
1945年3月12日 午前11時――
サイパン・アイランダー基地 滑走路
ガタつく機体が滑走路を転がり、ようやく停止した。
B-29の機体各所には弾痕が無数に刻まれ、焼け焦げた塗装が剥がれ落ちていた。
乗員たちは酸素マスクを外し、よろよろとタラップを降りてくる。
その傍らには既に上官たちが待ち構えていた。
「ご苦労だった。」
出迎えたのは作戦参謀のウォルター少佐。
冷ややかな目が、傷だらけの機体と沈黙する搭乗員たちを交互に見やる。
「……子細は無線で受信している。戦果報告だが――」
言葉を切り、わずかに語気を強める。
「本当に、目視で火勢も爆発も確認できなかったのか?」
その一言に、沈黙していた機長のジョンソン大尉が眉をひそめた。
疲労と怒りが同時に噴き出しかける。
「……ええ。何度も落としましたがね。爆発どころか、火柱も上がりませんでしたよ。」
ウォルター少佐は淡々と続ける。
「だが事前の装填は完全、整備も完璧と報告を受けている。投下高度も修正したはずだ。」
「ならば原因は――現場判断に起因する可能性も……」
その瞬間だった。
「ふざけんな!!」
ジョンソン大尉が叫び、ベルトホルスターから拳銃を抜こうとした。
「お前らの机上の作戦のせいで、何人死んだと思ってる!!」
「整備が悪い?高度が悪い?俺たちの投弾ミスだと!?ふざけやがって!!」
副操縦士が慌ててその腕を掴み、必死に制止する。
「やめろ!落ち着け、ジョン!」
「離せ!!こっちは地獄から生きて戻ったんだぞ!!」
ウォルター少佐は一歩も動かず、冷ややかに見下ろしていた。
「……私は事実を確認しているだけだ。感情論で作戦は進まん。」
周囲の整備員たちも、固唾を呑んでその場を見守っていた。
一触即発の空気が滑走路全体に漂った。
やがて副操縦士の必死の制止で、ジョンソン大尉は拳銃をホルスターに押し戻した。
重苦しい沈黙が残ったまま、乗員たちはそれぞれの宿舎へと引き上げていった。
空の要塞は帰還した。
だが――心はすでに限界に達しつつあった。