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甘味戦線 -SWEET FRONT-  作者: トシユキ
違和の夜明け
48/133

第48話「サイパンへの帰還」

1945年3月12日 午前10時過ぎ――

マリアナ諸島・サイパン近海上空


燃料計の針がわずかに揺れていた。

すでに名古屋から数時間の飛行。機体全体がうなり声を上げ続けていた。


無線士が叫んだ。


「機長!後続のE-14機から緊急信号! 第3エンジン停止、燃料圧力低下です!」


操縦席が一瞬重苦しく沈黙した。


「またか……」


機長の声はもはや疲労と怒りが混じっていた。


「低空侵入のツケがここまで出るとはな……」


副操縦士も苛立ちを隠せない。


「東京よりさらに低く飛ばされた挙句、このザマだ。どんどん墜ちていく。」


左後方の空に、E-14機の銀色の巨体がゆらめき始めた。

エンジン停止による振動が機体全体を揺らし、やがて降下角度を取り始める。


「降りるぞ……もう持たねえ……」


眼下の太平洋が、滑らかな灰青色に光っていた。


「脱出準備!」


次々とパラシュートが開き、白い花弁が風に流されていく。


爆撃手が歯を食いしばる。


「冗談じゃねえ……空の要塞、か。空の棺桶の間違いだろ……」


無線からも断片的な通信が続く。


「救助艇、出動準備中。……漂流者複数確認……」


操縦席では副操縦士がヘッドセットを投げ出す勢いで叫んだ。


「なんでここまでやらされるんだ!? 東京も、名古屋も、爆発もしない、火柱も立たない! それでもまた低空で突っ込めってのかよ!」


機長は疲れ切った声で答えた。


「わかってる……俺たちは燃えもせず、落ちもせず、ただ繰り返すだけだ。」


「誰も理由を説明しやがらねえ……整備班も司令部も、みんな口を閉じてる。」


再び左舷後方で、墜落する僚機が太平洋に突入する。


高く白い水柱が立ち、波間に残骸が沈み込んでいった。


沈黙の中、機内の誰もが互いの顔を見ようとはしなかった。


機長が小さく唸る。


「これを何度繰り返せばいい……?」


「これ以上、何を投下すればいい……?」


その時、ナビゲーターが静かに告げた。


「……サイパン島、前方視認。」


遠く水平線の先に、かすかに陸影が浮かび上がった。

その光景だけが、彼らを僅かに現実へと引き戻していった。


副操縦士が静かに呟く。


「やっと……帰ったな……」


だが誰の胸にも、もはや任務の誇りはなかった。

重苦しい疲労と、言いようのない疑念だけが積み重なっていった。

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