第43話「至近射程」
1945年3月12日 午前0時40分――
名古屋市郊外・第4防空区 第2対空機銃陣地
これまでの空襲では、彼らの仕事はほとんど「射撃訓練」に等しかった。
高高度を飛ぶB-29は、彼らの九六式高射機関銃の射程など物ともせず悠々と去っていった。
だが――今夜は違った。
「見えるぞ!!」
機銃手の田島伍長が叫ぶ。
「やつらが降りてきてる!くっきり見えるぞ!」
空には、まるで空母のような巨大な銀色の機体が、真上すぐ近くを低速で通過していた。
探照灯の光を浴び、B-29の機首ナンバーすら肉眼で判別できるほどだった。
副砲指揮官の坂井軍曹が興奮気味に怒鳴る。
「今日は当たるぞ!!あの高さなら確実に届く!!」
次々に弾帯が機銃に装填される。
弾倉の滑らかな金属光沢が月明かりに鈍く光った。
「各砲、照準固定!!」
「弾帯よし、給弾準備よし!」
「……撃てッ!!」
バババババ――ン!!
複数の機銃が一斉に火を噴いた。
曳光弾が赤い線を描き、空へと撃ち上がっていく。
高射砲の爆煙の間を縫い、B-29の腹部に吸い込まれていくようだった。
「当たってるぞ!!命中確認!!」
砲手たちは歓喜に沸いた。
「落ちろ……落ちろォ!!」
「見たか!これが…これが我々の力だッ!」
機銃陣地は狂気すら帯びた歓喜に包まれていた。
今まで届かなかった敵が、ついに手の届くところまで降りてきたのだ。
撃てる。
当たる。
落とせる――。
そして空からはまた――奇妙な白い靄が降り始めていた。
だが彼らは、今はまだその異常に気づく余裕すらなかった。




