第41話「死の低空命令」
1945年3月12日 午前0時27分――
名古屋市上空 B-29後続編隊 無線通信網
「こちら第3爆撃群リーダー、先頭隊長機より指令受信――」
無線士が絶叫するように読み上えた。
「投弾精度向上のため、高度1000フィート降下せよ!!」
操縦席内が一瞬静まり返る。
「な、何だと!?」
副操縦士が顔をしかめる。
「いま俺たち、5,000フィートだぞ?そこからさらに1000落とせだと!?」
爆撃手が悲鳴混じりに叫ぶ。
「冗談じゃねえ!地面まであと4000フィートかそれ以下だ!」
「いや……3500以下まで落ちる!」
機長が声を荒げる。
「3500フィート!?馬鹿野郎!高射砲だけじゃない、機関銃、歩兵の小銃まで届くぞ!」
「カモだ……まるで、まる裸のまま日本本土に突っ込むようなもんだ!」
無線網には各機の悲鳴が続く。
「これじゃ死ねって言われてるのと同じだ!」
「くそッ…東京も燃えず、名古屋も燃えないのに…」
だが、冷酷な司令部命令が返る。
「命令は命令だ。任務遂行を継続せよ。」
機長は歯を食いしばりながらスロットルを押し込んだ。
「降下開始――全員気を引き締めろ!」
機体がゆっくりと降下角をとり、エンジン音が低く唸る。
暗闇に浮かぶ名古屋市街が、今や眼下すぐそこに広がり始めた。
照準器内に街の輪郭が迫る。
「……今度こそ、燃えてくれよ……」
その時だった。
曳光弾の無数の光条が、まるで蜘蛛の巣のように夜空を交差し始めた。
ビュオッ――ビュン――!
機体をかすめ、火線が機体周囲を取り囲むように走る。
機長は歯を食いしばり、息を呑んだ。
《頼む……頼むから――無事に帰らせてくれ……!》
この瞬間、攻撃任務も復讐心も吹き飛んでいた。
頭にあるのは、ただひとつ――生きて帰ることだけだった。




