第40話「高度変性」
1945年3月12日 午前0時25分――
名古屋市上空 B-29先頭隊長機
先頭編隊の機長ウォルシュ中佐は、双眼鏡を握りしめたまま絶句していた。
下方に広がる名古屋市街は、相変わらず黒々と沈んでいた。
「爆発音も火柱も…まったく無い。どうなっている…?」
副操縦士も狼狽する。
「閣下、これでは…投弾が消えたようにしか見えません!」
無線機には次々と後続編隊からも動揺する報告が入っていた。
「後方第3爆撃群、火災確認できず。」
「第4群、高度5,500フィートにて投弾中、効果確認不能!」
ウォルシュ中佐は苦渋の決断を迫られていた。
《もしや爆薬が高度条件で不発に陥っているのか…?》
《低高度すぎるのか、高度が不足なのか?》
わずかな思案の末、マイクを掴んだ。
「こちら隊長機――全編隊に通達!」
「第2爆撃群および第3爆撃群――高度を1000フィート下げ、投弾継続!」
「第4爆撃群――高射砲密度回避のため逆に500フィート上昇せよ!」
「各群、高度調整完了次第、投弾再開!」
次々とB-29編隊が暗闇の中で高度を調整していく。
機体は海面から僅か数千フィートの低さで名古屋市上空に殺到していった。
だが――
爆弾は落ちる。
火柱は、やはり立ち上がらなかった。
ウォルシュ中佐は歯を食いしばった。
「おかしい……これはもう整備や高度の問題じゃない……」
「何かがおかしい――この戦争そのものがだ……」
名古屋の夜に、奇妙な沈黙だけが積み重なり続けていた。




