第39話「爆撃開始」
1945年3月12日 午前0時過ぎ――
名古屋市上空 5,000フィート
編隊先頭のB-29爆撃機の中、爆撃手マーフィー軍曹は照準器に顔を近づけていた。
激しい高射砲弾の爆煙が、時おり機体の左右をかすめていく。
「……高度安定、速度安定。」
機長が短く確認する。
「投弾準備完了。」
マーフィーは無線に向かい、緊張を隠さず告げた。
「目標視認。市街中心部侵入開始。」
照準器の中に名古屋城の黒いシルエットが浮かび上がる。
市街地の広がりが、暗闇の中に鈍く見え始めていた。
「目標照準固定。」
爆撃機内に静寂が満ちる。
爆撃手の一声を全員が待っていた。
「投弾区間、進入!」
爆弾倉のハッチが開く重低音が響く。
機長が短く命じた。
「投下――行け!」
マーフィーは冷たい汗を感じながら、投下スイッチを押し込んだ。
ガシュッ――
爆弾倉から次々に焼夷弾束が投下されていく。
同時刻、編隊各機でも続々と投弾が開始されていく。
「フォロワー機、全機投弾開始!」
「投下完了まで約20秒!」
「高射砲、右舷近接!」
機内の緊張は極限に達していた。
だが今は爆弾を落とすしかなかった。
マーフィーは歯を食いしばる。
《今度は燃えるはずだ……今度こそ……》
暗闇の下へと吸い込まれていく焼夷弾の束。
その行方を、誰もまだ見届けることはできなかった――




