第36話「名古屋侵入開始」
1945年3月11日 夜――
サイパン・アイランダー基地
滑走路には、銀色の巨体が整然と並んでいた。
B-29爆撃機、名古屋大空襲出撃部隊 総勢300機余――
整備班長ヘンダーソン軍曹は、最後の機体チェックを終え、無線ヘッドセットを外した。
「全機整備完了!」
副官が無線で復唱する。
「整備完了、出撃準備よし!」
指揮塔の赤灯が点灯し、管制官の声が響き渡る。
「第一波、タキシング開始!」
巨大な爆撃機群が次々と滑走路へ進入し、エンジンの轟音が島全体を揺るがした。
副操縦士のウィルソン少佐が機内で叫ぶ。
「また低空侵入だ……まったく気が狂ってやがる。」
爆撃手も苦笑した。
「整備は完璧だそうだ。あとは俺たちの仕事だな。」
パイロットのジョンソン大尉が静かに答える。
「……今度は、ちゃんと燃えるんだろうな。」
やがて次々に銀翼が暗闇に吸い込まれていった。
300機の編隊は南洋の星空を背に、一路北へ――日本本土を目指す。
深夜――
日本本土が地平線に現れる。
尾翼の赤色灯が長蛇の列となり、暗闇を進んでいく。
航法士が静かに告げた。
「進路修正完了。名古屋市街まであと80マイル。」
無線にも沈黙が流れていた。
誰もがこの奇妙な戦争の再開に、微かな緊張を押し殺していた。
そして――
名古屋湾の夜景がかすかに眼下に浮かび始めた。
目標都市侵入直前。
再び運命の爆撃が始まろうとしていた――




