第35話「名古屋作戦ブリーフィング」
1945年3月11日 午前11時――
サイパン・アイランダー基地 ブリーフィングホール
ブリーフィングホールには、300名を超えるB-29搭乗員たちが整然と整列していた。
前夜の東京空襲の不可解な結果が、皆の胸に重くのしかかっている。
司令官席にはカーチス・ルメイ少将が着席していた。
参謀が作戦概要を簡潔に読み上げる。
「目標は名古屋市街中心部。低高度侵入、投弾開始高度は5,000〜8,000フィート。」
「爆弾搭載は前回同様、M69焼夷弾中心。弾薬点検は全弾終了済み、装填確認良好。」
ざわつく搭乗員たちの中から誰かが小声を漏らした。
「また低高度か……まったく頭おかしい作戦だぜ……」
「今度はちゃんと燃えるんだろうな?」
「整備班は問題なしって言ってたが……」
「東京の件、まだ原因わかってねえんだろ?」
誰もが内心の不安を隠しきれずにいた。
その空気を切り裂くように、ルメイ少将が立ち上がった。
重く低い声がホール全体に響く。
「諸君――」
一瞬で場内が静まり返る。
「前夜の東京は、予定した効果が十分に発揮されなかった。だが、弾薬は完全に正常であり、投弾手順も完璧だった。原因は不明だ。だがそれに臆する必要はない。」
「本日の名古屋作戦も、東京と同じ低高度戦術を採用する。これは日本を崩壊させるための最も効果的手段だ。」
ルメイは一拍置き、さらに声を強めた。
「諸君らの仕事は投弾することだ。爆弾は間違いなく作動する。昨日の"異常"に惑わされるな。」
鋭い眼光で全員を見渡す。
「この任務は、日本の工業力と民間士気に致命傷を与える。ここで我々が躊躇すれば、無数の米兵が更なる血を流す。」
「…諸君は任務を全うせよ。」
「…以上。」
静まり返ったホールに、淡々と「解散!」の号令が響いた。
搭乗員たちは各自の搭乗機へと散っていく。
その表情には、決意と、拭いきれぬ不安が混じり合っていた。




