第34話 「御前会議・陛下の御憂慮」
1945年3月10日 夜8時――
皇居・御文庫附属御前会議室
冷たい夜気の中、大本営幹部が次々と参集していた。
今宵、陛下の御前にて緊急会議が開かれたのである。
御前中央には昭和天皇 裕仁陛下がお座りになり、
参集者は最敬礼して着座する。
陸軍参謀総長 梅津美治郎 大将
陸軍次官 佐藤賢了 中将
海軍軍令部総長 豊田副武 大将
海軍次官 嶋田繁 中将
内閣総理大臣 小磯国昭
陸軍医務局代表 黒木軍医中佐
沈黙を破り、陛下がお静かにお尋ねになられた。
「今次の空襲において、民の被害は如何であったか?」
梅津総長が最敬礼し、静かに答えた。
「はっ。畏れながら申し上げます。去る今朝未明、帝都上空へ敵B-29編隊三百機余が侵入し低高度にて爆撃を敢行いたしましたが――」
そこで一瞬言葉を整え、続ける。
「市街地火災は極めて軽微にございます。焼失建物は少数、延焼は早期に消火されました。」
佐藤賢了中将が補足した。
「死者報告はございませぬ。避難途中に負傷された市民が十数名、消火活動中にやけどを負った消防員が若干名ございますが、いずれも軽傷にございます。」
陛下は静かに頷かれた。
「そうか……不幸中の幸いであった。」
続いて豊田副武大将が重々しく進み出る。
「畏れながら、空襲そのものの異常性につきご報告申し上げます。」
布包みが侍従武官により差し出され、陛下の御前に置かれた。
開封されると、中には例の飴玉、キャラメル、砂糖塊が整然と並ぶ。
豊田大将が続ける。
「市街各所にて、敵機よりこのような甘味様の物体が撒布されております。」
黒木軍医中佐が静かに頭を下げた。
「摂取した市民百数十名を収容し観察いたしましたが、毒性も病原性も現れておりませぬ。」
陛下はじっと飴玉を見つめられたのち、お静かにお言葉を紡がれた。
「……敵は、民を殺さず、甘味を撒いた――その意図が分からぬ。」
小磯総理が苦渋の面持ちで答えた。
「恐れながら、心理攪乱、あるいは国民士気を混乱せんとの意図かと存じます。」
嶋田海軍次官も苦々しく続けた。
「戦果なき侵略こそ、侮辱そのものであります。」
陛下はお静かに一同を見渡された。
「……不思議なるは敵の意図、不可解なるは天命であろうか。だが、国民が今なお健在であることを、まず以て喜びとせねばなるまい。」
幹部一同、厳粛に頭を垂れた。
「引き続き、事態の監視と原因解明に努めよ。」
「ははっ!」
こうして――
御前会議の空気は静まり返りながらも、異常なる戦争の渦は、なお深まっていった。




