第33話「名古屋出撃準備・整備班の緊迫」
1945年3月10日 夜――
サイパン・アイランダー基地 第21爆撃軍整備区域
巨大なB-29が並ぶ格納庫一帯は、真夜中にもかかわらず明るく照らされていた。
整備兵たちは疲労困憊の中、司令部からの再点検命令に動き回っていた。
「司令部命令だ。全爆弾、信管、吊架、配線、今一度全部だ。完璧にやり直せってさ。」
整備班長のヘンダーソン軍曹が苦々しく吠えた。
「まったく…昨日の東京じゃ燃えなかったからって、今さら俺たちの整備が悪いとか言いやがる。」
隣の副班長が肩をすくめる。
「でもよ、東京の戦果報告は確かにおかしい。だからこその確認命令だろ?」
「知るか!俺たちは手順通りやった。それだけだ。」
そこへ、整備エリアに次々とパイロットたちが押しかけてきた。
ブリーフィング直後の怒気と緊張がそのまま伝わってきた。
「おい整備班!お前ら本当に大丈夫なんだろうな!?」
先頭の爆撃隊長、ウィルソン少佐が怒鳴るように詰め寄った。
「今度は東京よりさらに低く入るんだぞ! 5,000フィートだ!上空に逃げる余裕はねえ!」
別の副操縦士も叫ぶ。
「信管が誤作動でもしたら俺たちは空中で木っ端微塵だ!整備が原因で死ぬのは勘弁してくれよ!」
ヘンダーソン軍曹は怒りを抑えつつも、淡々と答えた。
「整備は完璧だ。信管も点火装置も試射で完全に作動してる。」
「じゃあ東京は何だったんだよ!?」
「知らん!」
ヘンダーソンが声を荒げた。
「俺たちは地上でできる限りをやった!爆弾倉を開けて投下したあとは、そっちはお前らの仕事だろ!」
一瞬、全員が沈黙した。
整備兵もパイロットも――
誰もがあの**「燃えない東京」**の謎を言葉にできずにいた。
「……だがよ」
パイロットのウィルソン少佐が呟いた。
「明日の名古屋は、本当に爆発するんだろうな?」
ヘンダーソン軍曹は静かに頷いた。
「……必ず燃えるさ。今日のテストのようにな。」
「……なら信じる。」
パイロットたちは静かに踵を返し、暗闇の格納庫へ消えていった。
整備兵たちは無言のまま手を動かし続ける。
巨大な銀翼は、再び闇夜を照らす為、海へと送り出される準備を整えつつあった。




