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甘味戦線 -SWEET FRONT-  作者: トシユキ
違和の夜明け
31/133

第31話「栗林中将・異常報告受理」

1945年3月10日 午前11時――

硫黄島本島・地下司令壕


砲撃の轟音が断続的に地中にまで響き続けていた。

だが、司令部内は驚くほど静かだった。


栗林忠道中将は、地図盤に視線を落としながら、砲撃の着弾報告を淡々と確認していた。


「敵艦隊は射撃を続行中か?」


「はっ。艦砲射撃は継続中。おおむね3分間隔で主砲斉射を実施中です。」


「被害は?」


副官が僅かに困惑気味に答える。


「……現在までの被害報告、なし。」


栗林は眉をわずかにひそめた。


「……なし? 艦砲射撃を受けながら、か?」


「はっ。着弾は確認されておりますが、爆発・火柱は確認できず。地表の破壊痕も軽微との報にございます。」

「昨日までの報告と異なるのではないか?」


そこへ、参謀の西村少佐が、布に包まれた何かを手に現れた。


「閣下……現場より回収されたものでございます」


栗林が視線だけで促すと、西村は慎重に布を開いた。


そこに現れたのは――


白く膨らんだ、不自然な物体群。

乾燥し、膨らみ、奇妙な綿状の粒が無数に詰まっていた。


「これが砲弾の……?」


「砲弾弾着地点より拾得されました。全弾がこのように――」


栗林はしばし沈黙したまま、じっとその白い物体を見下ろしていた。


「……何だこれは。」


「まだ分かりかねます。兵は"穀物のようだ"と申しておりますが……到底理解できませぬ。」


栗林は静かに問いを重ねる。


「弾着位置は、敵座標指定通りか?」


「はっ。砲撃精度は高く、観測照準も適切と見受けられます。だが、爆発は起きておりませぬ。」


栗林は腕を組み、しばらく思案していた。


「……つまり、敵艦砲は依然として射撃を続けているが、被害は出ておらず――その代わり、これが降ってくる……と。」


「まさしく、その通りにございます。」


栗林は小さく頷く。


「敵は、何らかの新型兵器の実験を行っているのかもしれぬな。」


西村少佐が声を潜めて問う。


「毒物の可能性は……?」


「毒であれば、既に何らかの症状が出始めるはずだ。……いや、それとも、時限作用なのか。」


栗林は静かに目を閉じた。


「不可解な現象には不可解な理屈がつきまとう。だが、我々は現実だけを見る。」


「はっ」


「敵の攻撃は続いている。……ならば我々は粛々と持ちこたえるまでだ。」


地下壕には再び砲撃の重低音が響き渡る。

だが、誰一人、傷ついてはいなかった。


戦場は、奇妙な静寂と轟音の狭間で、ゆっくりと崩れていこうとしていた。

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