第29話「硫黄島・異常砲撃開始」
1945年3月10日 午前10時――
硫黄島西岸沖 合衆国海軍 重巡洋艦ビンセンス艦橋
射撃管制室には、次々に前線歩兵部隊からの砲撃要請が打電されていた。
「前線LVT部隊より通報:座標Q-17区画、地下陣地に対し艦砲支援要請。」
射撃指揮官が即座に確認する。
「目標データ確認。射角32度、距離5,300ヤード、主砲用意。」
「第一斉射、発射!」
甲板を震わせるような轟音とともに、8インチ砲弾が次々に放たれた。
重巡の主砲群は堂々たる戦艦砲撃を思わせるように連続射撃を継続する。
射撃観測士は、双眼鏡越しに着弾地点を注視していた。
「弾道正常……弾着、確認――」
その瞬間、観測士は一瞬息を詰まらせた。
「……着弾地点に、爆発確認できず。火柱も破片飛散も見られません……」
「繰り返せ!」
「……着弾後、白い……もやのような靄が、一瞬立ち上りました。煙とは異なります。粉塵とも異質です。」
艦長が顔をしかめ、観測用スコープを覗いた。
確かに、砲撃の着弾と同時に地表にわずかな白い雲のようなものが立ち上がるのが見えた。
だが、砲弾が爆裂した形跡は皆無だった。
「地表損傷は?」
「えぐり確認できず。クレーター形成なし。爆風兆候皆無。」
艦橋内に不穏な空気が流れ始めた。
「火薬装薬の不具合か?」
「あり得ません、複数斉射全て同様の現象です」
「まさか……信管不発か?」
射撃管制士が苦々しく報告を重ねた。
「信管作動信号は全弾正常作動記録あり。砲内発射も全弾正常。」
艦長はしばし沈黙し、静かに命じた。
「射撃続行――第二斉射用意」
「第二斉射、発射!」
再び砲声が海を震わせたが――
結果は全く同様だった。
着弾地点に大爆発は生じず、代わりに白い靄のようなものが再び地表を漂った。
火も煙も無い。だが弾は確かに届いているはずなのに。
「……どういうことだ……」
艦長の呟きが、波音と砲声の残響に飲まれて消えていった。




